サンタクロース幻想(後編)
右代宮理御の存在するカケラでは1986年の10月4日に金蔵が碑文の謎を出題することで事件が勃発する。それはつまり1986年まで金蔵が生き永らえているということ。……ということは、1985年のクリスマスに金蔵が自分の屋敷を闊歩していたとしても、それはごくごく当然のことなのである。
「だから朱志香の話し相手も紗音や嘉音じゃなくて、……ええと、麻音だっけ? そんな聞いたこともない使用人なわけね。」
「彼女の本名は有沢麻衣子。言うなれば、紗音が存在しないからカケラだからこそ、麻音が存在できるのかもしれません。……いえ、今の話は忘れてください。あなたの存在する階層では、どうせ理解できないでしょうから。」
八城がなにやら口走っているが、縁寿にはどうでもいいことだった。真相を知った上で再び原稿を読み返してみる。……右代宮金蔵は生きていた。だから朱志香の前に現れてプレゼントを渡したサンタは、幻想でも妄想でもない。あれは金蔵本人が朱志香に対して行ったことなのだ。……確かにこの物語は八城の創作かもしれない。でも、もしかしたら、本当にあったかもしれない1985年のクリスマス。……彼らにこんな幸せなクリスマスは二度と訪れないのだな、と縁寿は悟る。それは縁寿自身にも同じことだった。1986年10月を境に彼女の、いや彼女たちの運命は大きく変わる。1985年のようなクリスマスは……、二度と…………。
「もしも、あなたが望むなら、また来年のクリスマスにも何か物語を用意しておきましょう。」
八城の言葉に、縁寿ははっとして顔を上げる。時計を見れば、そろそろ天草と合流する頃合いだ。どうにもこの場所にいると、時間の流れに取り残されてしまうらしい。
「……そうね。今度は私にもマシなクリスマスを頼むわ。」
「ええ。1985年のクリスマスに劣らない素敵な聖夜をあなたに。」
期待しないで待ってるわ、と縁寿は席を立ち、退出しようとする。そして扉に手をかけたまま、八城の方を振り返り、別れと祝いの言葉を口にした。
「シーユーアゲイン。……アンド、メリークリスマス。」
「メリークリスマス。そしてまた、いつかお会いしましょう。」
このあたりで、聖夜には少々無粋なこの物語に幕を下ろすとしましょう。ここまで読んでくれたあなたに感謝を。そしてメリークリスマス。機会があれば、来年のクリスマスにも物語を紡ぎましょう。いえ、来年こそは私も愛する人とデートかもしれませんね。その場合はご了承ください。くすくすくす……。
作品名:サンタクロース幻想(後編) 作家名:Long28