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俺とあいつの距離

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「また残してるじゃない。ちゃんと食べなさい」

そんなこと言われたってな・・・
全く、母の料理には愛情がない。ひいては食べる者への愛情が感じられない。嫌いな物は目に付かないように小さく切るか、すりおろして混ぜ込む。これが好き嫌いを克服させるコツだったはずだ。
見た目が豪華で綺麗に盛り付けられていればいいってものじゃないんだよ、ババア!

だいたい、嫌いなものがメジャーな野菜っていうのは辛い。毎日の食卓のどこかで顔を合わせることになり、その度毎に攻防が始まる。もうウンザリだ。
俺は時間に遅れますからと言って席を立った。母の声が追い掛けてきても、洗面所でうがいをし髪を直し靴を履き、振り向きもせずに玄関の扉を開けて出て行く。

「ったく、うぜえ・・・」

車に乗り込み俺は嫌な気持ちを引きずりながら、口の中にまだ残っていそうな苦手な味を思い出し、吐きそうになっていた。

人参なんて、人参なんて・・糞くらえだ。




「ヤマケンくん、これ。この間のタクシー代。ありがとう」

正月明けの冬期講習の授業が終わって直ぐに水谷雫が差し出した封筒。ありがとうといいながら差し出した割には、声の抑揚に感謝の念が籠っていないと思った。
こいつ・・人の厚意をまた突き返すつもりなのか。大晦日の年越しで偶然会った時も、せっかくスマートに二人分払ったというのに、自分の分を後で出しやがった。夏目某に、そんなんじゃ水谷さんに伝わらないと嫌味を言われたんだが、どうして外野は気付いてるのに本人には伝わらないんだ。苛々するな、まったく。


年末、冬期講習。夜の最終授業が長引き、いつもあいつが乗るバスは行ってしまっていた。あれを逃すと三十分以上待たされるのを、バスにも乗らない俺が何故だか知ってる。だから言ったんだ。

「合理的に考えろよ。無駄に三十分勉強できる時間を削るのか」

ってね。本当は心配だった。こんなに遅い時間に、バスを降りてから一人で暗い道を歩くんだろう? 何かあってからじゃ遅いんだよ。あんたの自覚は薄くても一応女なんだからな。だから、俺の止めたタクシーにどうしても乗せたかったんだ。でも素直になれない。あんたが心配だから送って行きたいだなんて、そんな恥ずかしいこと言えるわけない。

「敵に塩を送るなんて、ヤマケンくん余裕ね」
「俺はいつだって余裕だよ。なんなら一月の全国模試、あんたに勝ってやろうか?」

か~み~さ~ま~。俺のこの性格治りませんか? なにが悲しくて、気になる女と車内で二人きりの時にこんな話題? もっと気の利いた話題を幾らでも出せるはずの俺様が、小学生レベルの意地の張り合いなんて情けないな。
勿論、水谷は受けて立ってきた。だよな、そういう性格だったよな。

「敵に借りは作りたくないの」

おいおい、言ってますよ。水谷さん真面目過ぎ。あれは言葉の綾ってもので、俺は本気で言ってたわけじゃないんだけど、今更訂正は無理っぽい。ん~、本気で行ったって五分五分ってところなら、俺が少し手加減すればあっという間に順位は落ちる。でも、この俺様が一生懸命やって負けたって思われるのはプライドが許さない。

「あのさ、人に借りを返すのってお金だけじゃないよね? 時間あるなら昼飯おごってよ」

今日の俺は冴えている。よしっ、ここで変な意地の張り合いなんてお子様だぜって方向に持っていってだな、仲直りに持ち込むと。

「カレーでよければ家にあるけど?」
「カレーか、いいね」

・・・ん? 今、家って言ったのか。言ったよな? いや、間違いなく言った。それって水谷の家ってことだよな、普通。
俺の驚いた顔に、水谷さんは嫌なら別にいいけど・・と言葉を濁らせる。しっかりしろ俺。ここは慎重にだな、行くって言え!!

「ふうん、あんたの母親のカレーって美味いの? 俺、普段から結構いい物食ってるから味には煩いぜ?」

お~れ~。素直になれ。行くって言え~。頼む、俺の口黙れ。

「あ、あたしが作った」

へ? 水谷さんが作った? 

「行く」

俺は速攻答えていた。もう余計なことは言わないように、並んで歩いて、タクシーを止めようとしたらバスで行こうと言われ、それに従う。
バスの中で隣の席に座って、腕とか触れて二人で見合って頬を染めて・・・とか思ったら、あいつは通路を隔てた席にさっさと座りやがった。くっそ~。

そんなこんなで水谷家の居間に通され、温めたカレーを出された。あったよ、ごろっごろと『あれ』が。

忘れてたあああぁぁぁwww

一般家庭のカレーって人参入れるの普通だわな。俺の家はそういうカレーじゃないからうっかりしていた。これは失敗した。水谷家ご招待のインパクトが大き過ぎて、人参入り料理だってすっかり失念していた。俺が人参嫌いだっていうことも忘れてた~。
水谷さんの皿の方が人参が少ない。彼女が水を取りに行っている隙に、俺は何食わぬ顔をして皿を入れ替えた。
情けなさ過ぎるだろう俺。朝も、人参ほんの一口で吐きそうになったのに、何が悲しくて昼飯まで人参? しかもこの状況を招いたのは俺の一言だと思うと、もう呪いとしか思えない。

「いただきます」

向かいの席で手を合わせ、彼女はスプーンを持ちながらこちらを見る。クスクス笑っているみたいだ。きっと俺がカレーの皿を睨みつけていたのを、水谷さん作のカレーを大丈夫かと心配しているとでも思ったのだろう。

「毒は入ってないわよ」

淡々と言うな、淡々と。俺は意を決していただきますと言うと、一すくいカレーを口に運んだ。勿論、人参は入れていない。次行くか・・ 人参をすくうと考えただけで、俺の右手が微妙に震える。

「口に合わなかった? なら無理はしないで」

俺はスカイツリーのてっぺんから飛び降りる勢いで二口目を口に入れた。

咀嚼タイム・・・

!? あれ、上手い! え? 何かイケル・・・

YOU WIN !! そんな文字が頭の中を駆け巡る。俺の足元には踏みつけにされた人参が横たわっていた。すごぶる気分がいい。
あっという間に皿を空にしてしまった。

「お代わり、もらっていいかな?」
「ん、待って」

澄ました顔でお代わりを要求する俺に、水谷さんは何の違和感もないようだった。
さすが俺様。決めるところはビシッと決めるんだよ。彼女が俺のためにキッチンへ向かう後ろ姿を見ながら、俺は腹の前で小さくガッツポーズを決めた。






「ちょっと、起きて!!」

身体を揺すられて目が覚めた。あれ?俺を見下ろす水谷さんの向こうに電気が点いている。俺は寝てたのか。そうか、カレーを食べて腹一杯になって寝てしまったらしい。彼女はコーヒーテーブルに戻り、相も変わらず勉強中だ。ノートにカリカリと何やら細かい字で書いている。

「相変わらず必死だな」
「当たり前でしょう? 貴方みたいにお気楽な身分じゃないのよ」

酷いな。こっちだってお気楽じゃないんだけどな。でも、そんな憎まれ口を叩きながらも、ソファでうたた寝をしてしまった俺に、ちゃんと毛布は掛けてくれたんだ。

作品名:俺とあいつの距離 作家名:沙羅紅月