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俺とあいつの距離

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「こっちはね、次の試験に一生が懸かっているわけ。お気楽研修医とはちがうのよ。気が散るから帰って!」
「はいはい、弁護士の卵の卵の先生」

バシッと消しゴムが飛んできた。彼女は今月、通称二回試験(司法修習生考試)なるものがあって、いわゆる卒業試験のようなものらしいのだが、これに合格しないと法曹界デビュー出来ないから必死だ。効率の悪いことが嫌いなのは今も昔も一緒だな。大学院に行きながら予備試験も受けたが敢え無く失敗したらしい。それからがむしゃらに勉強して、卒業一発目の司法試験でここまで来たのは正直凄いと思う。

「試験終わったらまた来るから」

もう返事すらしない。俺はコートを着て玄関の鍵をかけると、新聞受けから中へ落とした。そうして暗い通りを表通りまで出る。ここで迷わなくなるくらい俺はこの家に足を運んだんだな。そう思いながら振り返った。


あいつとは偶然再会したんだった。お互い国試前、司法試験前の身で、年末の本屋のレジで。
久々で、懐かしさもあってお茶でもって誘った。以前は水谷さんを意識し過ぎて満足に誘い文句も言えなかった俺でも、すんなりとそんな言葉を吐けるようになっていた。それくらいには大人になっていたし、その時には彼女もいたし。
時間的に追い込まれていた俺には水谷さんと昔話なんて時間があれば、勉強した方が良いに決まっていたんだが、どっぷり浸かった勉強モードから気分転換をしたかったというのも、その時はあったのかもしれない。
俺はてっきり吉田春と続いているものだと思っていたし、そろそろ結婚でもするのって訊いたわけだが、その返事は予想を裏切るものだった。

「ハルとはずっと会ってない」

はあ!? まだそんな高校生の延長線上な二人なのかと思っていたが、どうやらハルは海外にいるらしい。なんでも理論物理学の研究で世界的にも最も権威のある研究所にいるらしいのだとか。それだけじゃない、もうずっと連絡も取っていないのだと、あの時の水谷さんは、表情一つ変えずに言っていた。

「君ら、終わってたの?」
「う~ん、よく判らない。多分そうだと思う」

とても年頃の女の言う台詞じゃないと思う。他人事じゃないんだ。自分の恋愛の事なんだぜ?
はぁ、水谷健在って感じだな。そう思いながら俺は彼女の携帯の番号を聞いて、そうして、自分の国試の結果が出てから、それを知らせるために連絡し、彼女の結果も知らせてくれるように言っておいた。何ていうか、再会して思ったんだが、彼女といると楽なんだ。男とか女とか意識せずに済む。自然体でいられる。
お互い合格したらパーっとやろうぜ!と思ったのは、甘かった。
俺が研修医で希望した病院は厳しくて有名で、死亡フラグが立つくらい絞られた。国試前から放置しっ放しになっていた俺の彼女は、研修医になっても一向に会えないことに、俺が浮気でもしてるんじゃないかと疑念の塊になってストーカー化し、携帯にあった水谷さんを浮気相手と勘違いし大揉め。しつこく結婚を迫られ大変な目にあった。
巻き込まれた水谷さんは、司法修習生で時間がないのに修羅場に呼び出されて酷く機嫌が悪い。髪を後ろで一括りにし、地味な化粧っけのない彼女のことをこんな人呼ばわりする馬鹿な女の話しを、コーヒーを飲みながら黙って聞いていたが、途中で立ち上がって一言だけ言った。

「貴女、好きな男を信じられないの? 好きな人が何に一生懸命になっているかも理解しないで、自分のことばかり。馬鹿なの?」

平坦な声でそれだけ言うと、呆気にとられている俺の彼女に背を向ける。一度振り返って俺の方を向くと、ここは貴方持ちで良いわよね?そう言って足早に立ち去っていった。遠ざかって行く水谷さんを見ながら、「俺は、馬鹿な女は嫌いなんだ。御免ね」と、さっさと面倒臭い女を切り捨てて、彼女の後を追う。この後、帰り道で俺は水谷さんから、時間が足りない時にくだらない用件で呼び出すなと散々に扱き下ろされた。当然ちゃ当然だ。
そんなこんなで付き合ってる女がいなくなってから随分経った。が、彼女がいないってことで何の不自由も感じない。俺にちょっかいを出してくる女も多いが、今は全く興味なし。

それより、

今でも思うんだ。あの時の水谷さんの言葉。あれは水谷さん自身に言っていたんじゃないかって。彼女は、今でもハルを待っているんじゃないのだろうか。もしもそんな絆が二人の間にあるのなら、それはもう誰も引き裂くことはできないんだろうな。でも、そうじゃないことを心の何処かに願う俺が居ることを、もう自覚している。
ただ、距離を縮めないだけだ。
今は俺にも彼女にも余裕がない。それに、あいつに振られるのはもうご免だからな。でも、次は外さない。あいつが、もしも少しでも此方を向いた時は、力一杯俺の方へ引っ張ってやる。その時は、その手をもう離さない。
俺は、ハルとは違う。本当に欲しいものは狙いを定めて必ず手に入れる主義なんだ。水谷さんを放ったらかしになんて絶対にしない。

「あんな馬鹿のことなんか早く忘れちまえ」

俺は口の中で呟く。


そうそう、水谷さんの作ったカレーの人参が平気だった件について。
俺の母親は、家での料理にこだわり野菜とやらを農家から直接買って使っていたんだ。その人参の味は濃いというかキツいという事が判明。ところがスーパーで売っている今時の人参なら味もマイルドで、俺にも食べられるということだった。
まぁ、種明かしはそうなんだが、それでも刷り込みなのかどうなのか、人参の入った料理の中で俺は今でも水谷さんのカレーがやっぱり一番好きなんだ。
だから極たまに、こうしてリクエストして作ってもらっている。
そういや、今月の試験を一生を懸けた試験だとか言っていたが、そんな大事に臨む前に俺のリクエストに応えてくれるなんて、あいつ余裕だよな。落ちたら俺の所為とか言わないよな?

ああ、今年のクリスマスと年末年始を空けておけと言うのを忘れた。たまには何処かで美味いものでも一緒に食べたい。その時にはあいつの笑顔が見られるといいなと思いながらバス停に向かう。今から家に帰って寝る。明日は指導医の先生と当直だ。また眠れない夜になりそうだから、眠れるときに眠っておかなければいけない。

俺たちは知り合って十年経つけどまだ一人前じゃない。高校生の頃はお気楽だったよなとか思いながら、ちょうど来たバスに乗り込んだ。
十年後の俺たちはどうなっているんだろうという想いを乗せてバスは動き出した。

作品名:俺とあいつの距離 作家名:沙羅紅月