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【静帝】 SNF 第一章

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 学校では、休み時間の度に帝人のクラスへと押し掛けて、昼休みも当然のように一緒に過ごして…もしかしたら、帝人と仲良くなりたいと思っていたクラスメイトが居たかもしれないのに、そいつ等が帝人に近付く機会を、無自覚に阻害してたのは一体“誰”だ?
 放課後は放課後で、気乗りがしないと渋る帝人を強引にナンパに連れ回し、自分の隣りに帝人が居るという事実だけに満足して、道行くレディ達にばかり余所見して…肝心の帝人の姿を、オレはちゃんと見て無かったんじゃないか?
「じゃあな、帝人。また明日」
 そう言って、夕闇迫る頃に別れた後、また明日学校で会えると浮かれてたのはオレだけで…誰も居ない、古びた安アパートにとぼとぼ帰路を辿った帝人は、一人でわびしく飯を作って、独りでもそもそ食事して…。
 “また明日”が来るまでの孤独な夜長を、どんな気持ちで重ねたのだろうか。

 両親の反対を押し切って、たった一人でこの都会(まち)にやって来た帝人。
 オレの他に知り合いが居るでなく、オレしか頼れる相手も、あの頃の帝人には居なかった筈で…。
 ふと郷愁の念に駆られて、家に帰りたいと、ひっそり声を殺して落涙した夜もあっただろう。
 あの小狭い部屋の片隅で、抱えた膝に頭を埋めて座り込み、独りぼっちの寂しさにじっと耐えている帝人の姿が、在りし日、路傍の石にぽつねんと腰掛けて、オレが戻って来るのをしょんぼり俯きながら待っていた幼い姿に交錯する。
「…なぁ、帝人。オレは変わっちまってたか?」
 顔を上げて覗き込めば、どこか諦観の翳りを帯びた瞳は伏目がちに落とされ、何かを伝えたげに小さくわなないた唇は、けれど音を紡ぐことなく躊躇いを残したまま引き結ばれた。
 ――その一連の仕草が、無言の肯定。

 想起するのは、あの日、改札口を抜けた駅舎の片隅で、人待ち顔でぼんやりと佇んでいた帝人の情景。
 知らない土地で、これから始まる新生活に不安を募らせながら、構内を忙しなく行き交う人々を、まるで異邦人になったような遠い目で、見るとは無しに眺めてた。
 おっとりとした性格の帝人が、雑多な喧騒にあふれ返った都会の光景を目の当たりにして、この先うまく馴染めるのかと気後れしただろう事は、想像に難くない。
 約束の時間を少し過ぎてしまい、慌てて駆け付けたオレの視界に、帝人の佇んでいた一角だけが、まるで切り離された別空間のように、どこか現実みのない儚い幻像として投映された。
 ひどく浮いた存在の帝人に、そのままふっと消えてしまいそうな不安感を煽られ、心許なさを払拭するように努めて明るく声を掛ければ、ほっとした様子で振り向いたのも束の間、すぐにその表情は戸惑いの色を纏ってしまって…。
 田舎から出たことも無かった純朴少年の帝人の目には、耳にピアスを開けて茶髪に染めた、今どきの若者風に変貌していた幼馴染みの姿は、果たしてどのように見受けられたのだろう。
 流行の波に乗れずにいる己を恥じ入り、取り残されてるのは自分だけだと落ち込んだか、或いは――自分の知る“まーくん”は、もう居ないのだと絶望したか…。
(けどさ、帝人。それでもオレは、再会したあの日、おまえが変わって無かったことにホッとして、本当に救われたんだぜ?)
 見た目は様変わりしていても、中身は昔のままだといいな。そんな一縷の望みに縋った帝人の淡い期待を、オレは思慮に欠ける言動で、ものの見事に裏切ったのだと、今なら分かる。
 ゲーセン行ったり、ナンパに連れ回したり…そんな都会的な遊びより、昔のように雑談しながら二人でゆったりと過ごす取り留めのない時間をこそ、帝人は欲していたのかも知れない。
 “紀田くん”と呼称し続けたのは、きっと、そんな軽薄なオレへと宛てた、帝人なりのささやかなシグナルだったのだろう。
『離れている間に空いてしまった距離を、どうかもう一度縮められますように。昔みたいに“まーくん”とは呼べなくても、今度は下の名前で呼べるくらい、親しい間柄に戻れますように』
 だから、それまでは“紀田くん”と呼ぶね。――そんな心の声が、聞こえた気がした。

 帝人の幼馴染みの“まーくん”は、あの日、駅の構内で待ちぼうけを食わせたまま、今も再会を果たせてない。
 置いてきぼりにされた帝人の気持ちは、その寂しさに救いの手を差し伸べた、通りすがりの平和島静雄が引っ攫い、彼等のテリトリーへと連れ去って行ってしまった。
 今更駆け戻ったところで、はぐれた場所に帝人がもう居ないことは分かってる。
 それでも…もう一度チャンスを貰えるなら、昔、言ってやれなかった、帝人が本当に待っていた言葉を、去来する時間(とき)を越えて、今こそ過去と現在の“おまえ”に届けよう。
「待たせてごめん。ただいま、帝人」
 万感の想いを込めたオレのメッセージを、帝人は意味を違えること無く受け止めてくれた。
 噛み締めるように瞑目した後、潤んだ目を嬉しそうに細めながら、柔らかな音色で囁かれた返答に、わだかまりを昇華された胸の奥がじんわりと満たされていく。
「おかえりなさい、“正臣”」
 額をこつんと軽くあわせて、「…やっと、“まーくん”と再会できた」と、はんなり淡く微笑んだ帝人に、正臣はこの日、出逢ってから初めて下の名前で呼ばれた。
   * * *
作品名:【静帝】 SNF 第一章 作家名:KON