【静帝】 SNF 第二章
『サタデー・ナイト・フィーバー』 第二章
◇ ゴー・トゥー・ザ・パーク ◇ ― side 正臣 & 帝人 ― (2)
無事に再会の仕切り直しを果たせた二人は、再び目的地の公園へと向けて歩き出す。
今まで相手のペースに配慮する事など思い至らなかった正臣は、振り回してばかりだった自分の未熟さを反省し、横に並んだ帝人のスピードを気遣いながら、それとなく歩調を合わせて進む。
帝人曰く“無駄に元気”だった自分は、いつも背中ばかりを見せていた。
そんな己の態度に鑑みて、正臣は今なお脳裏にチラつく、忌ま忌ましい光景を想起する。
――あの時、最後までこちらを振り返らなかった、平和島静雄。
「なぁ、帝人〜。いっこ訊いてもイイかぁ〜?」
「一個で良いの?」と悪戯っぽく上目遣いで尋ねる帝人に、何故かトクンと高鳴る鼓動を訝しみながら、「ん〜じゃあ十個!」と思いつくまま陽気に述べれば、「それは多過ぎ。質問は、一回三個まででお願いします」と、軽口を叩かれる。
そんな、たわいない冗談を交わせる関係に心地よさを覚えつつ、正臣は単刀直入に「平和島静雄って、いつもあんな感じなワケ?」と、背中しか見せなかった先程の行動を問い質した。
もし、アレが横向きの姿勢だったなら、債務者を取り押さえた後、再び掛け直したサングラスの奥で、チラリと帝人を盗み見ていたと、邪推する事もできただろう。
けれど、背中を見せていた完全に後ろ向きのあの体勢では、まるで帝人の存在そのものを拒絶しているようで…。ひどく無関心な態度と捉えられても仕方が無いと、正臣は思った。
(散々寂しがらせてきた、オレに言えた義理じゃねぇけど…。アイツの冷たい素振りに、もし帝人が傷付いてんなら、ひとこと言ってやらなきゃ、気が治まんねぇ!)
そう、いきり立った正臣に、どこか含羞(はにか)んだ様子で、帝人はクスリと小さく笑った。
「う〜ん、分かり辛いからねぇ。静雄さんの優しさって」
思考は至ってシンプルなんだけど…と付け足す帝人に、それって単純バカって言わねぇか?との突っ込みを、懸命にも口に出すことを控えて、正臣はどういう意味かと先を促す。
「じゃあ、ヒントね。あの時、正臣の位置から、捕まえた“借金持ちさん”の姿は見えた?」
「うんにゃ。アイツの馬鹿でけぇ背中が邪魔してて…って、はあっ!?…っんな、まさか…」
「ふふっ、びっくりする位、可愛らしい理由でしょ?」
まさか、そんな…。
もしかして、我が身を“盾”として債務者の視線をさえぎり、文字通り“体を張って”帝人を守っていたとでも言うのか?あの朴念仁は…っ!!
(…馬鹿だ。正真正銘の単純バカだ。)
どんだけ短絡思考してんだよ、と疲れた様子で深々と吐息をもらす正臣を、横目でチラリと見遣ってから帝人は、彼(か)の人を思い浮かべる様にそっと中空を仰ぎ見る。
――平和島静雄という男は、本当にいろいろと『規格外』な人物だった。
* * *
頭で考えるより、本能で動いてる部分の方が多いからなのか…とにかく、『異様に“勘”が鋭かった』というのが、帝人の中での静雄の心象だ。
思い出すのは、独りぼっちの寂しさに耐え兼ねて、ふらふらと夜の都会(まち)へとさ迷い出てしまった晩のこと。
夢遊病者のように、あてもなく歩き回って、知らず知らず盛り場に迷い込んでしまっていたのだと、横合いから伸ばされた手に、ぐいっと腕を掴まれるまで、帝人は気付くことが出来なかった。
はっとして、掴まれた腕から視線を辿って、自分を捕らえた男の姿を見上げれば、いつものバーテン服に身を包んだ、『池袋最強』の頂(いただき)を冠した、顔馴染みの一人がそこに居て…。
「静雄、さん…」
どうして、彼がここに居るんだろう。ぼんやりとその容貌を眺めてたら、何も言わずおもむろに歩き出して…結局、終始無言のまま、彼に腕を引かれて帰路を辿った。
アパートの前には、何故か心配そうな顔をしたトムまで立っており、お小言食らうのかなと身構えてたのに、彼もまた苦言を呈することなく、ただ視線で部屋の鍵を開けるよう促されて…。
(帰ってしまうと思ってたのに。何も事情を問われること無く、ただ、じっと夜明けが来るまで、黙って傍に居てくれたっけ。)
いつの間に寝入ってたのか、目覚めたらちゃんと布団に横たわっていて。
その両脇に、大の男ふたりが転寝してる光景を目の当たりにした時の精神的衝撃は、なかなかに感慨深い思い出だったと、しみじみ帝人は回想する。
こちらが起きた事に気付いた男達が、大きく両腕を伸び上げた後、上着に手を掛け立ち上がる。
クシャリと帝人の頭を撫でて、「冷蔵庫に、コンビニで適当に買った朝飯入れといたからな。それ食って、ちゃんと学校行けよ」と、あっさり辞去しようとするトムを、慌てて帝人は引き留めた。
「ご迷惑お掛けして済みませんでした。それと心配もして頂いて…あ、あの、怒らないんですか?」
叱られて当然の軽率な行動を、無意識の内とはいえ仕出かしたのだ。
なのに、その事には一切触れないトムにまごついて、躊躇いがちに見上げれば、返って来たのは、こんなセリフで…。
「おまえさんは、もう充分反省してるべ?なら説教は必要ねぇさ」
なんて男気あふれる人なんだ!と、帝人の中でのトムの株が、急上昇したのは言うまでもない。
「静雄さんも。本当に、なんてお礼を言ったら良いか…。もし、あの時、静雄さんが偶然通り掛って、保護してくれなかったら、僕は今頃、いったいどうなっていた事か…」
そう謝辞を述べた途端、何故か二人そろって、非常に表現しにくい微妙な顔付きになった。
(あ、あれ?何この反応??)
うえええ〜っ?何か変な事でも言っちゃいましたか?僕…っ。
あたふたと激しく狼狽えながら理由を問えば、苦笑まじりにトムが語ってくれた、帝人の捜索・保護に至るまでの経緯は、とんでもなく破天荒な…けれど、ある意味とても“静雄らしい”、超人的なエピソードだった。
昨夜、少々遅めの晩飯を腹に納めた後、いつも二人が別れる交差点の手前に差し掛かった時、不意に静雄が立ち止まって、険しい面持ちでグルリと周囲を見回したかと思いきや、いきなり「アイツが泣いてる」と、うわ言めいた呟きを残して、何処(いずこ)とも無く走り去ってしまったのだと、実に端的に、トムは事のあらましを聞かせてくれた。
(え、え〜と…どうしよう。突っ込み所が多過ぎて、何から確認したら良いのかな。)
帝人は、あの時、別に本当に“泣いてた”訳ではない。
ただ、忙しない都会暮らしに少々疲れていて…ついでに、里心がつくのが嫌で5月の連休に帰省しなかった所為で、軽くホームシック状態に陥っていたけれど…。でも、泣いてはいなかった。
それなのに――
(そりゃあ、無意識の内に、心の何処かで“誰か助けて”って、叫んでたかも知れないけど…。)
何故、泣いてると思ったのかと訊いてみたら、「虫の知らせがした」のだと返答された。
どうして、僕の居場所が分かったのかと尋ねてみたら、「なんとなく、そっちに居る気がした」からと、当てずっぽうの“勘まかせ”だった事を告げられた。
◇ ゴー・トゥー・ザ・パーク ◇ ― side 正臣 & 帝人 ― (2)
無事に再会の仕切り直しを果たせた二人は、再び目的地の公園へと向けて歩き出す。
今まで相手のペースに配慮する事など思い至らなかった正臣は、振り回してばかりだった自分の未熟さを反省し、横に並んだ帝人のスピードを気遣いながら、それとなく歩調を合わせて進む。
帝人曰く“無駄に元気”だった自分は、いつも背中ばかりを見せていた。
そんな己の態度に鑑みて、正臣は今なお脳裏にチラつく、忌ま忌ましい光景を想起する。
――あの時、最後までこちらを振り返らなかった、平和島静雄。
「なぁ、帝人〜。いっこ訊いてもイイかぁ〜?」
「一個で良いの?」と悪戯っぽく上目遣いで尋ねる帝人に、何故かトクンと高鳴る鼓動を訝しみながら、「ん〜じゃあ十個!」と思いつくまま陽気に述べれば、「それは多過ぎ。質問は、一回三個まででお願いします」と、軽口を叩かれる。
そんな、たわいない冗談を交わせる関係に心地よさを覚えつつ、正臣は単刀直入に「平和島静雄って、いつもあんな感じなワケ?」と、背中しか見せなかった先程の行動を問い質した。
もし、アレが横向きの姿勢だったなら、債務者を取り押さえた後、再び掛け直したサングラスの奥で、チラリと帝人を盗み見ていたと、邪推する事もできただろう。
けれど、背中を見せていた完全に後ろ向きのあの体勢では、まるで帝人の存在そのものを拒絶しているようで…。ひどく無関心な態度と捉えられても仕方が無いと、正臣は思った。
(散々寂しがらせてきた、オレに言えた義理じゃねぇけど…。アイツの冷たい素振りに、もし帝人が傷付いてんなら、ひとこと言ってやらなきゃ、気が治まんねぇ!)
そう、いきり立った正臣に、どこか含羞(はにか)んだ様子で、帝人はクスリと小さく笑った。
「う〜ん、分かり辛いからねぇ。静雄さんの優しさって」
思考は至ってシンプルなんだけど…と付け足す帝人に、それって単純バカって言わねぇか?との突っ込みを、懸命にも口に出すことを控えて、正臣はどういう意味かと先を促す。
「じゃあ、ヒントね。あの時、正臣の位置から、捕まえた“借金持ちさん”の姿は見えた?」
「うんにゃ。アイツの馬鹿でけぇ背中が邪魔してて…って、はあっ!?…っんな、まさか…」
「ふふっ、びっくりする位、可愛らしい理由でしょ?」
まさか、そんな…。
もしかして、我が身を“盾”として債務者の視線をさえぎり、文字通り“体を張って”帝人を守っていたとでも言うのか?あの朴念仁は…っ!!
(…馬鹿だ。正真正銘の単純バカだ。)
どんだけ短絡思考してんだよ、と疲れた様子で深々と吐息をもらす正臣を、横目でチラリと見遣ってから帝人は、彼(か)の人を思い浮かべる様にそっと中空を仰ぎ見る。
――平和島静雄という男は、本当にいろいろと『規格外』な人物だった。
* * *
頭で考えるより、本能で動いてる部分の方が多いからなのか…とにかく、『異様に“勘”が鋭かった』というのが、帝人の中での静雄の心象だ。
思い出すのは、独りぼっちの寂しさに耐え兼ねて、ふらふらと夜の都会(まち)へとさ迷い出てしまった晩のこと。
夢遊病者のように、あてもなく歩き回って、知らず知らず盛り場に迷い込んでしまっていたのだと、横合いから伸ばされた手に、ぐいっと腕を掴まれるまで、帝人は気付くことが出来なかった。
はっとして、掴まれた腕から視線を辿って、自分を捕らえた男の姿を見上げれば、いつものバーテン服に身を包んだ、『池袋最強』の頂(いただき)を冠した、顔馴染みの一人がそこに居て…。
「静雄、さん…」
どうして、彼がここに居るんだろう。ぼんやりとその容貌を眺めてたら、何も言わずおもむろに歩き出して…結局、終始無言のまま、彼に腕を引かれて帰路を辿った。
アパートの前には、何故か心配そうな顔をしたトムまで立っており、お小言食らうのかなと身構えてたのに、彼もまた苦言を呈することなく、ただ視線で部屋の鍵を開けるよう促されて…。
(帰ってしまうと思ってたのに。何も事情を問われること無く、ただ、じっと夜明けが来るまで、黙って傍に居てくれたっけ。)
いつの間に寝入ってたのか、目覚めたらちゃんと布団に横たわっていて。
その両脇に、大の男ふたりが転寝してる光景を目の当たりにした時の精神的衝撃は、なかなかに感慨深い思い出だったと、しみじみ帝人は回想する。
こちらが起きた事に気付いた男達が、大きく両腕を伸び上げた後、上着に手を掛け立ち上がる。
クシャリと帝人の頭を撫でて、「冷蔵庫に、コンビニで適当に買った朝飯入れといたからな。それ食って、ちゃんと学校行けよ」と、あっさり辞去しようとするトムを、慌てて帝人は引き留めた。
「ご迷惑お掛けして済みませんでした。それと心配もして頂いて…あ、あの、怒らないんですか?」
叱られて当然の軽率な行動を、無意識の内とはいえ仕出かしたのだ。
なのに、その事には一切触れないトムにまごついて、躊躇いがちに見上げれば、返って来たのは、こんなセリフで…。
「おまえさんは、もう充分反省してるべ?なら説教は必要ねぇさ」
なんて男気あふれる人なんだ!と、帝人の中でのトムの株が、急上昇したのは言うまでもない。
「静雄さんも。本当に、なんてお礼を言ったら良いか…。もし、あの時、静雄さんが偶然通り掛って、保護してくれなかったら、僕は今頃、いったいどうなっていた事か…」
そう謝辞を述べた途端、何故か二人そろって、非常に表現しにくい微妙な顔付きになった。
(あ、あれ?何この反応??)
うえええ〜っ?何か変な事でも言っちゃいましたか?僕…っ。
あたふたと激しく狼狽えながら理由を問えば、苦笑まじりにトムが語ってくれた、帝人の捜索・保護に至るまでの経緯は、とんでもなく破天荒な…けれど、ある意味とても“静雄らしい”、超人的なエピソードだった。
昨夜、少々遅めの晩飯を腹に納めた後、いつも二人が別れる交差点の手前に差し掛かった時、不意に静雄が立ち止まって、険しい面持ちでグルリと周囲を見回したかと思いきや、いきなり「アイツが泣いてる」と、うわ言めいた呟きを残して、何処(いずこ)とも無く走り去ってしまったのだと、実に端的に、トムは事のあらましを聞かせてくれた。
(え、え〜と…どうしよう。突っ込み所が多過ぎて、何から確認したら良いのかな。)
帝人は、あの時、別に本当に“泣いてた”訳ではない。
ただ、忙しない都会暮らしに少々疲れていて…ついでに、里心がつくのが嫌で5月の連休に帰省しなかった所為で、軽くホームシック状態に陥っていたけれど…。でも、泣いてはいなかった。
それなのに――
(そりゃあ、無意識の内に、心の何処かで“誰か助けて”って、叫んでたかも知れないけど…。)
何故、泣いてると思ったのかと訊いてみたら、「虫の知らせがした」のだと返答された。
どうして、僕の居場所が分かったのかと尋ねてみたら、「なんとなく、そっちに居る気がした」からと、当てずっぽうの“勘まかせ”だった事を告げられた。
作品名:【静帝】 SNF 第二章 作家名:KON