【静帝】 SNF 第二章
それで見つけおおせたと言うのだから、どこまで規格外な超人スキルの持ち主なのか…。
嗚呼――恐るべきかな、野生の勘!!
(でも、貴方が気に掛けてくれた事が、すごく嬉しい。)
自分たちの関係は、ただの顔馴染みでしか無かった。
まだ、たった二回の邂逅(…いろんな意味で濃い、“一期一会”な出会いだったが。)しかしてない、顔見知りよりホンのちょっと、近しいかな?程度の間柄に過ぎなかった。
(あ、そういえば…トムさんは何で、静雄さんが言ってた“アイツ”を、僕だと思ったんだろう?)
気になったので訊いてみたけど、「まぁ、なんとなくな」の一言で、曖昧に濁してはぐらかされた。
じゃあ、どうしてアパートの前で待っててくれたのかと尋ねたら、「それも、なんとなくな」で済まされた。
多分――走り去った後輩を呆然と見送った後、トムは帝人に連絡を取ろうとしてくれたのだろう。
電話を掛けて安否を確認できれば良かったが、あいにく自分達は、連絡先を教え合うような親しい関係には至ってなかった。
が、幸か不幸か、前回ひょんな成り行きで帝人のアパートを訪れていたので、場所は分かる。
それで、部屋に居るかどうか、わざわざ様子を見に足を運んでくれたのだろう。
(いつか…この優しい人達がくれた温かな想いに、少しでも恩返しができると良いな。)
朝焼けの中を帰っていく男達の背中を見送って、帝人は深々と頭を下げた。
* * *
「もしも〜し、帝人さ〜ん。そろそろ正気に返って来ましたか〜?」
ふいに手を引っ張られ、懐かしい追憶に耽っていた思考が、いっきに現実時間に呼び戻された。
「あ、あれ?紀田くん?え〜っと…ごめん。何の話してたんだっけ」
ぱちくりと瞳を瞬かせて、帝人は「現状把握できてません!」とありあり書いてある惚け顔を、斜め後ろで一時停止した正臣へと振り向けた。
折角、先程の意趣返しに、路地裏での帝人のセリフを引用して呼び掛けたというのに、全く気付きもせずにスルーされ、「渾身の自虐ネタだったのに…」と、正臣は地味に落ち込んだ。
(しかも、呼び方!ま〜た “紀田くん”に戻ってんぞ〜。)
意識しなければ、まだ“正臣”とは呼べないらしい帝人は、どうやら、自分が上の空の危なっかしい足取りで、ふわふわ歩いてたのだとの自覚が著しく足りてないようだ。
正臣は脱力気味に浅く嘆息して、ちょいちょいと前方の障害物を指し示してやった。
あと2歩足を進めてたら、確実にぶつかってただろう立て看板を目前に、やっと己の置かれた状況を把握してくれた帝人に、先程から手を引いてやってたのだと付け加えてやると、仲良く繋いだお手々をまじまじと凝視した後、みるみる帝人の顔が赤く染まった。
(うっわ、何この可愛い生き物!ちょっ…それ反則だって、帝人ぉお〜〜っ!!)
「もう一人で歩けるから」と、繋いだ手を揺すって離してと主張する帝人の意に背いて、結んだ指先に戯れで力を込めれば、むっと膨れて拗ねた眼差しで睨まれる。
途端、脈拍が再び、不規則なリズムに変調した。
さっきから、帝人の何気ない一挙一動に、どうにも不整脈がシンクロして当惑する。
自力で振りほどくのを観念した帝人が、手を繋いだまま正臣を引っ張って歩き出す。
怒らせてしまったかと歩調を速めて隣りに並び、おずおずと顔色をうかがえば、べっと舌を出してそっぽを向くという、何とも可愛らしい意趣返しを食わされた。
(帝人さん、それ!レッドカードだからっ!マジにときめきそうだから、や・め・てぇえ〜〜っ!!)
思わず、バッと勢いよく握っていた帝人の手を離し、その場にしゃがみ込んで両手で口元を押さえながら、ふるふると身悶えてしまった正臣に、また気分が悪くなったのかと心配した帝人が、先刻の行動をなぞるように、再び自販機に向かって駆け出そうとするのを慌てて引き止め、「なぁ、帝人〜。もういっこ訊いてもイイかぁ〜?」と、腰を下ろした姿勢のまま伺いを立てる。
本当に大丈夫なのかと気遣わしげに眉を曇らす帝人が、僅かにこくんと首を縦に振ったのを確認して、正臣は緩慢な動作で立ち上がりながら、「どうして、自分を公園に誘ったのか」との問いを、薄笑いを浮かべて自嘲気味に投げかけた。
あの二人と落ち合う約束をしたのなら、面識のない自分は、全くの部外者でしかない。
なのに何故、仲間はずれにしか成りえない自分と、あの男達を引き合わせようなどと思い立ったのか、帝人の真意が解らない。
どうしても暗い思考に向かいそうになるその疑念を晴らして欲しくて、本心を探るように瞳の奥底を覗き込めば、帝人はちょっと気恥ずかしそうに視線をさ迷わせてから、ほんのり薄桃色に染めた頬を、照れ隠しに指でコリコリと小さく掻いた。
「あ、あのね。さっき静雄さん達がお仕事してる姿を見かけた時、周りの人たちの不快な反応に、紀田くん…ま、正臣、ちょっと悔しそうに怒ってくれてたでしょ?その顔みたら、その…なんだか、無性にあの二人のこと、ちゃんと正臣に紹介したくなっちゃった、と言うか…」
自分でも、かなり強引に誘っちゃったな…と反省してます。正臣の都合も考えずに、ごめんなさい。
肩を縮こめてしゅんと項垂れる帝人の口から、ぽつりぽつりと尚も微かな音色が奏でられるが、それはもう、感慨無量で放心する正臣の耳には、意味を成す言葉としては届かなかった。
(今、こいつは何て言った?オレに紹介したかった?誰を?帝人が大切にしてる、アイツ等…を?)
――ああ、なんだ…。帝人の中に“オレ”の居場所は、まだちゃんと残ってたんだ。
勝手に疎外されたと勘違いして落ち込んで、勝手に優先順位を決めつけてヤキモチ焼いた挙句、子供じみた独占欲でみっともなく暴走して…。
(だっせ〜の。カッコ悪すぎだぜ、紀田正臣。ちったあシャッキリしねぇとな!)
「うっし!反省タイム、終了〜っ!」
いきなり奇声を上げて、ぱんっと両手で自分の頬を強く叩いて、「気合いっ、入れ直したぜ!」と、親指を立ててみせる正臣に、面食らった帝人がびっくり眼で唖然と立ち尽くす。
狼狽する帝人に、吹っ切れた晴れやかな笑顔でニカッと応えてみせ、肩に腕を回して引き寄せたその襟元に、傾げた頭をもたせ掛けてから、ごめんの代わりに今度はありがとうを伝える。
なんでお礼を言われたのか解らない…と戸惑う帝人に、「いいから行こうぜ」と、軽く背中をとんっと押して、正臣は一抹の寂しさを覆い隠して、いつもの陽気なノリで冗談口を叩いてみせた。
「しっかし、こないだ16になったばかりの若い身空で、よもや“年頃の娘を持った父親の心境”っつ〜モンを、しみじみ味わう事になるたぁ〜思わなかったぜ」
突飛すぎて振られたネタの方向性が読めずにまごつき、顔いっぱいに疑問符を浮かべている帝人に、悪戯っぽくニヤニヤと含み笑いながら正臣は、「だって、これってアレだろ?」と前置いて、わざとらしい裏声で例の“決まり文句”をそらんじた。
『お父さん、紹介したい人がいるの。今度お連れするから、彼に逢って貰えるかしら?』
そのセリフを聞いた途端、脳が意味を理解する事を拒絶して、帝人の思考が非常停止した。
作品名:【静帝】 SNF 第二章 作家名:KON