【静帝】 SNF 第四章
『サタデー・ナイト・フィーバー』 第四章
◇ イン・ザ・パーク ◇ ― side トム + 正臣 ― (1)
上滑りな見せ掛けの歓談に興じたフリを演じながら、正臣は身にしみて痛烈にこう悟ったという。
《好きな子にお願いされて、その子の父親(もしくは兄貴)に引き合わされたボーイフレンドの心境は、きっとこんな感じに違いないっ!》
帝人の口添えにより、一見なごやかムードで互いに名乗り合った三者だったが…“値踏み”するが如き不躾な二対の視線にじろじろ検分される居心地の悪さときたら――まるで針のムシロだ。
(すんません、調子ぶっこいてました。平和島静雄を“品定め”してやろうだなんて、とんだ思い上がりも良いトコで…。オレには百万年早かったっス。)
引き攣った笑顔をいびつに強張らせて、正臣は心中で泣き濡れながらぺこぺこ頭を下げまくった。
「大丈夫?正臣…すごく顔色悪い。やっぱり体調良くなかったみたいだね、ごめん…。一応、初顔合わせの挨拶も済ませた事だし、早くそこのベンチに座って、体を休ませてあげて」
気遣わしげな面持ちで、けれど奇妙にも、「え〜っと…禁煙席と喫煙席、どっちが良い?」と、何やら受付するファミレス店員みたいな質問を投げ掛けてきた帝人に、訊かれた内容の意図を汲み取りあぐねた正臣は、返すべき応えに窮しておたおたする。
そんな言葉足らずの帝人をそっとサポートするように、やおらトムが背広の内ポケットから煙草を取り出し、自分の座るほうが『喫煙席』だと、身振りでさりげなく知らせてくれた。
当然、帝人と平和島静雄は一緒のベンチに座るだろう。ならば、そちらが『禁煙席』ということか。
(どっちが良い?って、訊かれてもなぁ…。オレとしちゃあ、どっちも遠慮してぇ〜んだけど。てか、そもそも“お開き”にするっつ〜ご意向は、まったく無しっスか?帝人さん…。)
正直、ろくに相手の“人となり”すら知らない現状で、これまで一面識もなかったドレッドヘアと、差しで語らうなんて想像もつかないし、どう考えても無理がある。…絶対!会話が弾もう筈がない。
けれど、まさか新婚さながらの熱々カップルに割り込んで、お邪魔虫と承知でイチャつく二人との相席を希望できるほど、正臣とて無粋じゃない。…と言うより、ぶっちゃけ当てられるのは御免こうむる!
結局――選択肢など、どのみち正臣には端っから一つしか用意されてなかったのだ。
さほど幅の広くない遊歩道を挟んで、斜めに向かい合わせるように設置された二つのベンチ。
持参した手土産の【飲み物】を各々に配ってから、ひどく疲れた様子でどっかと腰を下ろしたトムは、ぼんやりと虚ろな目を斜(はす)に向けて、甘やかな空気を湛えた帝人たち二人を眺め遣った。
(あ〜癒される…。あの子が幸せそうに笑っててくれりゃ、もうそれだけでイイわ、俺…。)
ふっ、ふふふ…っと、だらけきった姿勢で投げ遣りな笑いを気怠げに漏らすトムに、ぎょっとした様子で隣りに座した正臣が、つと尻をずらして微妙に距離をあける。
怪しい人を見る目で己を胡乱げに窺う、失敬な正臣の態度にさくっと無視を決め込んで、トムはようやっと訪れた安らかな憩いのひと時を、心ゆくまで堪能する事にひたすら没頭し続けた。
トムの視線の先で、美味しそうに喉をこくりと潤す帝人の屈託ない笑顔が、やんわりと淡い煌めきを瞬かせて、癒し効果をふわふわ漂わせてくれている。
ちびちび飲んではキャップを閉めて、所在なげに両手でペットボトルを弄っている仕草が、堪らないほど愛くるしくて…自然、トムの頬がだらしなく緩んだ。
(だぁあ〜〜っ!!あんったは、孫の顔みて相好を崩す、どこぞの爺さんかっっ!)
そう叫びたい衝動を辛うじて抑えて、正臣はフヌケきった傍らの男が陶然と眺め入っている、帝人たちが腰掛けた『禁煙席』へと見るともなしに目を向けた。
そこには――帝人の肩を抱きそびれて、ベンチの背凭れに乗せた腕をふらふら揺らしている、平和島静雄のヘタレな姿という、視界の暴力以外の何物でもない呆れた場景が広がっていた。
(〜〜なんてこった!…ブルータスよ、お前もか…っ!!)
巷に広くその悪名を轟かせている《地獄の取立コンビ》と恐れられた男達の、“成れの果て”がコレだとは…全く以って、世も末だ。
正臣は、直視に耐えない無様な光景を遮るように、我が目を覆って天を仰いだ。
普通、事情を知らない一般人が、チンピラ風体の男二人と高1の純朴少年がつるんでる姿を見掛けたら、十中八九“悪い大人にたぶらされた愚かな子供”と認識するに違いない。
(は、はは…。まさか、物騒な気配を滾らせた危険な野郎共の方こそが、帝人に“たらし込まれた”クチだなんて…きっと、誰も思わねぇ〜んだろうなぁ…。)
人々を慄然とさせる圧倒的な『存在』、忌避と侮蔑の『対象』――そんな世間の評価など見る影もない、実に潔いまでの堂に入ったメロメロっぷりだ。
上向けた顔を覆った指の隙間から、チラリと片目で再度様子を窺えば、不自然な腕の構えに気付いた帝人が、背後に回された男の手を己の肩越しにきょとんと眺めた後、くるりと反対側を振り仰いで、にこにこと愉しげに何かを話し掛けていた。
それから…帝人は改めて正面に向き直り、持っていたペットボトルを脇に置いて静かに目を閉じると、隣りの男にぴったり寄り添って、そろりと傾げた頭を凭せ掛けた。
(ああ…なんだ、そっか…。帝人が自分から積極的に甘えて、スキンシップするようになったのは…。)
胸中にふと、ほろ苦い感傷が広がる。正臣は浅く吐息することで、去来しかけた未練の残滓をやり過ごし、切なさの滲んだ瞳を覆い隠すように、被せていた手を強く顔面に押し付けた。
心地よさげに無防備な身体を預けて満ち足りた表情を浮かべている、帝人の温もりを布越しに感じながら、静雄が照れ隠しにサングラスを指で押し上げてから、ためらいがちにそっと肩を抱き寄せた事を――だから、正臣は知らない。
じっと眺め入っていたトムだけが、その一幕をまばゆげに憧憬の瞳で追っていた。
暫し、沈黙して互いの物思いに耽っていた『喫煙席』の二人だったが…たっぷり癒されたトムが、おもむろに缶飲料のプルタブを開けた事がきっかけで、しめやかな静寂はやおら取り払われた。
カコッ、という小さな間抜けた音を聞きつけて、正臣が目元を覆っていた手を緩慢に下ろしながら、何気なく隣りに座した男をぼんやり見遣る。
視線を向けられた事に気づいたトムが、缶に口を付けながら横目でチラリと、少年の脇に手付かずのまま放置されてる缶飲料を覗いてから、緩んだ口調で「…多少ぬるくなっちまってるが、飲めねぇ程でもねぇぞ〜」と正臣に聞かせるともなく呟いて、再びゆっくりと飲みかけの缶を口に運んだ。
実際…この『田中トム』という男は、よく出来た人物だと、つくづく正臣は思った。
◇ イン・ザ・パーク ◇ ― side トム + 正臣 ― (1)
上滑りな見せ掛けの歓談に興じたフリを演じながら、正臣は身にしみて痛烈にこう悟ったという。
《好きな子にお願いされて、その子の父親(もしくは兄貴)に引き合わされたボーイフレンドの心境は、きっとこんな感じに違いないっ!》
帝人の口添えにより、一見なごやかムードで互いに名乗り合った三者だったが…“値踏み”するが如き不躾な二対の視線にじろじろ検分される居心地の悪さときたら――まるで針のムシロだ。
(すんません、調子ぶっこいてました。平和島静雄を“品定め”してやろうだなんて、とんだ思い上がりも良いトコで…。オレには百万年早かったっス。)
引き攣った笑顔をいびつに強張らせて、正臣は心中で泣き濡れながらぺこぺこ頭を下げまくった。
「大丈夫?正臣…すごく顔色悪い。やっぱり体調良くなかったみたいだね、ごめん…。一応、初顔合わせの挨拶も済ませた事だし、早くそこのベンチに座って、体を休ませてあげて」
気遣わしげな面持ちで、けれど奇妙にも、「え〜っと…禁煙席と喫煙席、どっちが良い?」と、何やら受付するファミレス店員みたいな質問を投げ掛けてきた帝人に、訊かれた内容の意図を汲み取りあぐねた正臣は、返すべき応えに窮しておたおたする。
そんな言葉足らずの帝人をそっとサポートするように、やおらトムが背広の内ポケットから煙草を取り出し、自分の座るほうが『喫煙席』だと、身振りでさりげなく知らせてくれた。
当然、帝人と平和島静雄は一緒のベンチに座るだろう。ならば、そちらが『禁煙席』ということか。
(どっちが良い?って、訊かれてもなぁ…。オレとしちゃあ、どっちも遠慮してぇ〜んだけど。てか、そもそも“お開き”にするっつ〜ご意向は、まったく無しっスか?帝人さん…。)
正直、ろくに相手の“人となり”すら知らない現状で、これまで一面識もなかったドレッドヘアと、差しで語らうなんて想像もつかないし、どう考えても無理がある。…絶対!会話が弾もう筈がない。
けれど、まさか新婚さながらの熱々カップルに割り込んで、お邪魔虫と承知でイチャつく二人との相席を希望できるほど、正臣とて無粋じゃない。…と言うより、ぶっちゃけ当てられるのは御免こうむる!
結局――選択肢など、どのみち正臣には端っから一つしか用意されてなかったのだ。
さほど幅の広くない遊歩道を挟んで、斜めに向かい合わせるように設置された二つのベンチ。
持参した手土産の【飲み物】を各々に配ってから、ひどく疲れた様子でどっかと腰を下ろしたトムは、ぼんやりと虚ろな目を斜(はす)に向けて、甘やかな空気を湛えた帝人たち二人を眺め遣った。
(あ〜癒される…。あの子が幸せそうに笑っててくれりゃ、もうそれだけでイイわ、俺…。)
ふっ、ふふふ…っと、だらけきった姿勢で投げ遣りな笑いを気怠げに漏らすトムに、ぎょっとした様子で隣りに座した正臣が、つと尻をずらして微妙に距離をあける。
怪しい人を見る目で己を胡乱げに窺う、失敬な正臣の態度にさくっと無視を決め込んで、トムはようやっと訪れた安らかな憩いのひと時を、心ゆくまで堪能する事にひたすら没頭し続けた。
トムの視線の先で、美味しそうに喉をこくりと潤す帝人の屈託ない笑顔が、やんわりと淡い煌めきを瞬かせて、癒し効果をふわふわ漂わせてくれている。
ちびちび飲んではキャップを閉めて、所在なげに両手でペットボトルを弄っている仕草が、堪らないほど愛くるしくて…自然、トムの頬がだらしなく緩んだ。
(だぁあ〜〜っ!!あんったは、孫の顔みて相好を崩す、どこぞの爺さんかっっ!)
そう叫びたい衝動を辛うじて抑えて、正臣はフヌケきった傍らの男が陶然と眺め入っている、帝人たちが腰掛けた『禁煙席』へと見るともなしに目を向けた。
そこには――帝人の肩を抱きそびれて、ベンチの背凭れに乗せた腕をふらふら揺らしている、平和島静雄のヘタレな姿という、視界の暴力以外の何物でもない呆れた場景が広がっていた。
(〜〜なんてこった!…ブルータスよ、お前もか…っ!!)
巷に広くその悪名を轟かせている《地獄の取立コンビ》と恐れられた男達の、“成れの果て”がコレだとは…全く以って、世も末だ。
正臣は、直視に耐えない無様な光景を遮るように、我が目を覆って天を仰いだ。
普通、事情を知らない一般人が、チンピラ風体の男二人と高1の純朴少年がつるんでる姿を見掛けたら、十中八九“悪い大人にたぶらされた愚かな子供”と認識するに違いない。
(は、はは…。まさか、物騒な気配を滾らせた危険な野郎共の方こそが、帝人に“たらし込まれた”クチだなんて…きっと、誰も思わねぇ〜んだろうなぁ…。)
人々を慄然とさせる圧倒的な『存在』、忌避と侮蔑の『対象』――そんな世間の評価など見る影もない、実に潔いまでの堂に入ったメロメロっぷりだ。
上向けた顔を覆った指の隙間から、チラリと片目で再度様子を窺えば、不自然な腕の構えに気付いた帝人が、背後に回された男の手を己の肩越しにきょとんと眺めた後、くるりと反対側を振り仰いで、にこにこと愉しげに何かを話し掛けていた。
それから…帝人は改めて正面に向き直り、持っていたペットボトルを脇に置いて静かに目を閉じると、隣りの男にぴったり寄り添って、そろりと傾げた頭を凭せ掛けた。
(ああ…なんだ、そっか…。帝人が自分から積極的に甘えて、スキンシップするようになったのは…。)
胸中にふと、ほろ苦い感傷が広がる。正臣は浅く吐息することで、去来しかけた未練の残滓をやり過ごし、切なさの滲んだ瞳を覆い隠すように、被せていた手を強く顔面に押し付けた。
心地よさげに無防備な身体を預けて満ち足りた表情を浮かべている、帝人の温もりを布越しに感じながら、静雄が照れ隠しにサングラスを指で押し上げてから、ためらいがちにそっと肩を抱き寄せた事を――だから、正臣は知らない。
じっと眺め入っていたトムだけが、その一幕をまばゆげに憧憬の瞳で追っていた。
暫し、沈黙して互いの物思いに耽っていた『喫煙席』の二人だったが…たっぷり癒されたトムが、おもむろに缶飲料のプルタブを開けた事がきっかけで、しめやかな静寂はやおら取り払われた。
カコッ、という小さな間抜けた音を聞きつけて、正臣が目元を覆っていた手を緩慢に下ろしながら、何気なく隣りに座した男をぼんやり見遣る。
視線を向けられた事に気づいたトムが、缶に口を付けながら横目でチラリと、少年の脇に手付かずのまま放置されてる缶飲料を覗いてから、緩んだ口調で「…多少ぬるくなっちまってるが、飲めねぇ程でもねぇぞ〜」と正臣に聞かせるともなく呟いて、再びゆっくりと飲みかけの缶を口に運んだ。
実際…この『田中トム』という男は、よく出来た人物だと、つくづく正臣は思った。
作品名:【静帝】 SNF 第四章 作家名:KON