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【静帝】 SNF 第五章

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『サタデー・ナイト・フィーバー』 第五章

   ◇ イン・ザ・パーク ◇ ― side トム + 正臣 ― (2)

 『愛が足りないわけじゃないんです。タバコをやめるには治療が必要なんですよ』

 そんな宣伝文句で、しあわせ禁煙生活を応援する某製薬会社のCMに、「愛があれば治療は必要ねぇらしいっスよ?」と、真顔で主張する男がいる。
 池袋に居を構える、男の昔馴染みにして闇医者の岸谷新羅は、「どうせ君は、薬の効きにくい特異体質なんだし…禁煙補助薬は、処方するだけ無駄だから要らないよね?」と、にこやかに治療放棄を宣言し、我が世の春を謳歌する男に「愛の力で乗り切れ」と、お気楽な助言をほどこした。
 愛の素晴らしさを滔滔と唱える旧友に、『恋は万能の妙薬』だと刷り込まれた男は、思考が至ってシンプルにできてる分、えらく暗示にも掛かり易かった。
 トムの記憶が正しければ、ニコチン依存症は『意志の力だけで治すことは難しく、治療が必要』なのだと、某CMでは頻りにアピールしてた気がするのだが…。
(治療なんざ受けなくても、確かに愛の力だけで、しあわせ禁煙生活を満喫してるみてぇだわな…。)
 煙草の主だった禁断症状を挙げ連ねると、何といっても一番に掲げられるのは“イライラ”だ。
 ただでさえ腹を立てやすい男が、ニコチン不足の苛立ちもあらわに怒気を滲ませながら、むすっと仕事をこなす姿を想像して、「絶対、連れ立って歩きたくねぇ〜」と、本気で危惧したトムだったが…思わぬ後援を得たお陰か、男は禁煙によるストレスを、全くと言っていいほど感じてない様子だった。
 ニコチン離脱症状は、(程度に個人差はあれど)通常、禁煙後2〜3日がピークで、約1週間…長くても2〜3週間で消失すると言われてる。
 男が禁煙生活を始めて、今日でちょうど2週間。
 7〜10日ほどニコチンを断てば、脳は喫煙習慣がつくより以前の状態にほとんど戻るそうだから、ほぼ辛い時期は乗り切ったと言って良いだろう。
 イライラは、『禁煙補助パッチやガムでニコチンを補給することで、だいぶ抑えられる』との通説を信じ、もしも男が落ち着かない態度を見せたら「即、使おう!」と、己の保身の為に用意していたトムだったが…どうやら、憂慮していた危うい事態を招くことなく、これら代替品は出番を待たずに御役御免となりそうだ。
(ただ処分するのも勿体無ぇし…いっそのこと、俺も静雄にならって禁煙でも始めてみっかなぁ〜。)
 苦もなく禁煙生活を送ってる後輩の姿を見るに付け、何やら吸ってる自分がひどく馬鹿らしく思えてくる。最近、吹かしていても味気なさばかりを覚えて、喫煙本数は日増しに減ってく一方だ。
 一昨年引き上げられたばかりだと言うのに、『たばこ税』はまたしても来年度の増税対象に挙げられてるそうだし…ここは思い切って、財布に優しい生活を始めてみるのも、悪くないのかも知れない。
 そんな事をつらつら考えながら、手慰みに携帯灰皿を弄っていたトムに、「…なぁ〜あいつ等、いったい何してんの?」と、酷くげんなりした調子で、ベンチに相席した少年が問い掛けてきた。
 少年の視線を追って『禁煙席』の二人を眺め遣れば、トムにはここ二週間で既に見慣れた、いつもの“儀式”が行われている最中だった。

「ああ…アレな。ありゃ〜あの子曰く『タバコが止められますように…』っつ〜“おまじない”だわ」

 禁煙グッズとして長い歴史を持つ『禁煙パイポ』。コンビニや駅の売店などでもよく見かける、お馴染みの商品だ。通常タイプ(3本セット)の他に、100円ショップなどでは1本入りも売っている。
 口寂しさを紛らわせる為に活用する物で、気休めにはなってもニコチン代替としての効能は無い。
 男が禁煙を始めたと知った子供が、せめてもの応援に…と、定番の『リラックスパイポ(グレープフルーツ味)』をプレゼントした時、初キッスの失敗談に重ねたトムが「レモン味じゃなくて良かったな」と、思い出し笑いを堪えながら皮肉交じりに冷やかした、いわく付きのロングセラー商品。

「僕の母も、その昔この“おまじない”で、父にタバコをやめさせたんだ…って言ってました」
 故郷を懐かしそうに偲びながらそう前置きして、あの子は個装された袋から取り出したパイポのキャップをおもむろに外し、その吸い口を軽く咥えて楽しそうにハミングを奏で始めたんだったっけ…。
 呆気にとられて瞠目した当惑顔の男達に、子供は柔らかく瞳を細めて小さく微笑み返し、噤んだ唇で可愛らしいメロディーを一節紡いでから、「はい、静雄さん」とおまじないを掛け終えたパイポを、男に向かって差し出した。
(…これは、アレか?俗にいう“間接キッス”のお誘いかっ!?)
 はい、と恥じらう事なく自分が口付けたパイポを男に進呈する子供に、贈られた男の方が面映ゆさを覚えて狼狽えてた情景を、トムは愉快げに追想して、子供の“お友だち君”に語り聞かせた。

「以来、静雄はあの子に会う度に、買い足しといたパイポを新品に交換しちゃあ、ああして特別な“おまじない”を、改めて掛け直して貰ってるっつ〜訳だ」
 味が無くなってしまっても、次に会うまでは…と、使い捨ての消耗品を後生大事に持ち歩いてるのだと教えてやれば、少年は露骨に顔を顰めて「これだから、色ボケ男は〜〜っ!」と潜めた声で小さく呻いた後、深々と嘆息して呆れ混じりの感想を漏らした。
「…まぁ、あそこまで一貫してると、いっそ天晴れだよな。アイツの度を越した熱愛っぷりもさっ!」
 けれど…と正臣は、帝人の話を聞いてた時から訝っていた疑問を口にする。
「平和島静雄って、あんま友達いなさそうだけどさぁ〜。もしかして、身近にいる『セルティ馬鹿』な闇医者の、あの極端すぎる恋愛姿勢を、普通はそんなモンなのか…って、勘違いしてたりしねぇ?」
 唯一と思える運命の相手と巡り逢ったなら、全身全霊をかけて愛し尽くせ!
 そんな恋人至上主義を掲げて憚らない岸谷新羅くらいしか、交際中のカップルは静雄の周囲には見受けられない。
 人付き合いの不得手な男が、数少ない知人の中から『恋愛の何たるか』をならった相手が、選りにも選って一番見本としては不適切な、ぶっ飛んだ恋愛観の持ち主だったとは…つくづく難儀なこった。
(どうりで、静雄の『恋愛』に対する気構えが、とんでもなくズレた方向に突き抜けちまってる訳だ。)
 小さな恋人を守りたい一念で《超感覚》を開眼した頭の痛い逸脱行為も、あの闇医者に感化されて“かぶれた”上での暴走だったとすれば――成程、すべて合点がいくと言うものだ。
「やれやれ…何も、あんな“紙一重”のイカレた恋人一筋男を、基準にする事もあるめぇになぁ〜」
 ありゃあ、誰が見たって普通の“ご執心”っつ〜レベルじゃねえべ!と、からかい口調で正臣の指摘した『影響説』にうなずく所感を述べて、喉の奥で忍び笑いをくぐもらせるトムに、「あぁ…やっぱ毒されて、アレが普通だと思い込んでんだ…」と脱力して、正臣も乾いた笑いを虚ろに零す。
作品名:【静帝】 SNF 第五章 作家名:KON