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実らずに終わった恋は、

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 一日中駆けずり回って浴びた泥やら埃や血潮やらを沐浴で洗い流し、分厚い日記のインクを乾かし終えて本棚に仕舞うと、プロイセンは寝台に飛び込んだ。ごろごろと落ち着き無く転がって、久しぶりの羽毛の感触を全身で楽しむ。
「今日も大活躍だったぜー!俺様最強!超格好いい!!」
 大きく伸びをして、彼はしなやかな筋肉に包まれた己が腕でぐっと宙をつかんだ。強くなっていく国力を象徴するかのように、ここ数年で彼の身長は伸び、腕も一回りほど太くなっていた。貪欲に成長する体は、気力に漲り、動けば動くほど充実していくようだ。

 神聖ローマ帝国全土を混乱の渦に巻き込んだあの長い戦いから数十年が経った。古い体制はことごとく破壊され、ヨーロッパは今、混沌の極みにある。それは、他国の支配の下不自由を強いられてきたプロイセンにとって、またとない暗躍の好機だった。
 混乱に乗じ、裏をかき、騙しあっては掠め取る。刃の上を渡るような、駆け引きと腹の探り合いの日々。そもそも闘争は生来彼の好むところである。耳を裂く怒号、勝者の哄笑と敗者の怨嗟、剣戟の響きと火薬の匂いは、極上のワインのように彼を酔わせ、水を浴びた程度では、一日の高揚はまだまだ治まりそうにない。
 もうすぐだ。このくびきを食いちぎり、自由を手に入れる――近づいてみせる。こんな不自由な一地方ではなく、ひとつの『国』に。そして――
「………っ」
 いくつかの寝返りの後、しばし、迷うように呻いて、プロイセンはおもむろに身体を起こした。キョロキョロあたりを伺うと、ベッドの下からなにかを引っ張り出す。

 それは、彼が持つには不似合いな、繊細な作りの小箱だった。幼子が宝物を取り扱うような、真剣な表情で彼はその蓋を開けると、ひどくうやうやしい手つきで中身を取り出す。繻子織の布に大事につつまれた、手のひらほどのサイズの精密画である。
 野に咲く草花を掘り込んだ精緻な細工の額縁の中に、少女が微笑んでいる。
 宝石のように煌く緑の瞳は、穏やかな中にも強い光を秘め、やわらかな金茶の髪は波打って白い頬を縁取っている。品の良い笑みを含んだ唇は、けれどどこか悪戯っぽい影もやどしていて――今にも動き出し、にっこりと微笑みかけてきそうな、見事な肖像画だった。
 芸術品とも言っていい出来栄えのその肖像を、プロイセンは眉をひそめ、睨みつけるようにして眺める。
「…似合わねえ、女装」
 かみ締めた唇から苦しげに漏れた声は、ほとんど呪いに似ていた。
 戦の直前にも似た物騒な表情をたたえたまま、彼は再びごろりと仰向けに横にたわる。鋭い瞳は吸い付いたように絵姿から離れない。ひたりと睨みすえたまま、彼は、武器を抜くような鋭い仕草で取り出した。
―――ティッシュ的な紙の束を。

作品名:実らずに終わった恋は、 作家名:しおぷ