実らずに終わった恋は、
勘の良い方は、誤解するかもしれない。
ベッド上でティッシュ片手に美少女の絵姿を食い入るように眺め、しかもさりげなくズボンの紐を解いてたりする年頃の男子の行動――それはどう見ても、いわゆる夜のソロ活動的なアレの準備に見える。
しかし目に見えるものにとらわれてはいけない。
彼の中では、あくまでこれは、『排泄を伴う健康法的ななにか』なのである。国であると同時に自国の優秀な指揮官でもある彼は、自己の健康管理も徹底しているんである。やましいことはこれっぽっちもない。
「…暢気な顔してられるのも今のうちだぜ、ハンガリー」
絵の中の少女に悪役のように嘯きかけながら、彼はクールに目を閉じて今日のストーリーを練り始める。繰り返すようだがこれは断じて妄想ではない。イメージトレーニングである。
まずはオーストリアと戦うシーンからだ。
(ううっ、こてんぱんに負けてしまいました。)
(YO!坊ちゃんいいザマだな!!ハンガリーはもらっていくぜ)
ハンガリーが零れるような笑みを浮かべて彼の首に飛びついてくる。
(プロイセン様ステキ!かっこいい!!どうにでもして!)
…いやいやいや。
突然それはないな。飛躍しすぎだ。ぶんぶんと頭を振るプロイセン。
律儀なゲルマンである彼は、妄想においてもリアリティ重視だった。心急くあまり先走りすぎた自分にダメ出しして、ふたたび目を閉じ妄想を再開する。
【シーン1(リテイク)華麗な勝ち戦でハンガリーを救い出す俺様】
(ありがとうプロイセン…独立させてくれて)
(へっ。別にお前のためにやったんじゃねえ。――どうした、浮かない顔だな)
(ええ…。あのね、独立できたことは嬉しいの…。でも、まだまだ周りは物騒だから――少し、恐くて)
(仕方ねえな…。――俺んとこ、…くるか?)
(えっ…)
こ れ だ。
ぐっと拳をにぎり、会心の笑みを浮かべるプロイセン。
→【そしてドキドキの同居生活(手料理とか朝起こしてもらったりとかピンチを華麗に救ったりとかのイベントあり)】
→【いつしか俺様に友情以上の気持ちを抱きはじめるハンガリー…】
「いやっ、べべべべべ別に俺の方は、全然そんなんじゃないけど!ないけど!!!」
あまりにも心ときめく展開にきゅんきゅんといろんなところを疼かせ、プロイセンは誰にともなく言い訳する。別にこんなことを考えるのも、あいつが可愛いからとか好みだからとかいうわけじゃなくて、ちょっとあの辺の領土に興味があるだけだ。
熱く熱を持ちはじめる顔を枕にうずめ、心なしとろんとした眼差しを宙にさまよわせながら、いよいよ彼の妄想は佳境に入る。
→【頑張って俺様ヨーロッパ統一。…その隣には、いつしか常に俺様を影ながら支えてくれるハンガリーの姿が。】
(ハハハハハ!見ろよハンガリー、俺様のものになったこの広大な帝国を!)
(ふふっ、きっとあなたならやれるって、最初から、信じてたわ…)
(ハンガリー…)
(あっ)
突然よろめくハンガリー。抱きとめる俺様。
(ばか、あぶねえな、なにやってんだよ)
(プロイセン…)
至近距離でみつめあうふたり。ハンガリーの、せつなげな上目遣い。ピンクに染まる柔らかそうな頬、さくらんぼのような唇が震えながら開く。
(……好き)
「――っっ!!!」
そこまで妄想して耐えきれずつっぷし、ベッドの上をゴロンゴロンと転げ回るプロイセン。
妄想はさらに加速。シーンは夜。真っ白なレースの夜着に身を包み、頬を高潮させ、いじらしくベッドに横たわる幼馴染。緊張できゅっとこわばった華奢な身体。ゆたかな胸がゆるやかに上下する。
(…怖いか?)
(少し…でも、いいの。わたしね、ずっとあなたのこと)
潤む瞳震える睫毛、そして彼女は覚悟を決めたようにそっと目を閉じて…
「ああああああああああああああああああああ」
だめだ、こんなのはだめだ。俺たちは国同士なんだから、こんな、人間の恋人みたいな、えっちなこととかは絶対だめだ。でもハンガリー。ハンガリーが、もし、そうしたいって言うんだったら。
プロイセンは両手で捧げ持った肖像画を額におしあてぎゅっと目を閉じる。
ハンガリー。気が強くて、乱暴者で、女装がちっとも似合ってなくて、でもいつも明るく頑張っていて。ゆるふわの髪が綺麗で、傍によるといい匂いがしてどこもかしこもやわらかそうで美味そうで。ハンガリー。本当は毎日だって会いたい。見たい。ハンガリー。俺たちは国同士だからありえないことだけど、でも、多分俺は、きっと俺も、
「ハンガリー…ハンガリーハンガリーハンガリー…っ!!!」
枕にぐりぐり顔を押し付けうわごとのように繰り返しながらプロイセンは震える手で下履きを引きずりおろす。封印されし神槍グングニールは既にギンギンに立ち上がって熱くスタンバっていた。未だ実戦経験皆無とはいえ戦意に漲るそれを利き手でつかんで高速で擦りあげる。
「俺も…っ!!俺も、俺も!!!本当は!ずっと、お前が…っ」
「わたしが、どうかしたの?」
「!!!!!!」
限界まで盛り上がった熱が、ざっと引いた。
ベッドにうずくまってズボンを下ろしたままの、どうしようもない姿勢でぎぎぎぎ、と振り向けばそこには。
今まさに妄想の中で組み敷いていた幼馴染が、大きな瞳をまん丸にして、こっちを見ていた。
作品名:実らずに終わった恋は、 作家名:しおぷ