二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

実らずに終わった恋は、

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 

***

 信じられない言葉に、腕の中の少女を見下ろし、次の瞬間プロイセンはすべての動きを止め、凍りついた。

『国』がこんな表情をするのを、彼は、何度か見たことがあった。
 剣で突いても、火で炙っても、『国』の具現である彼らは死なない。彼らが死ぬのは、自ら望んで、その存在を止めたとき。忘れられ名を無くして消える時もあれば、次世代に譲る時もある。理由は様々だが、消える直前、彼らは皆、笑う。幸福そうに。美しく。

 血の気が引いていくのを感じた。彼女が、ここまで弱っているとは知らなかった。
 常に他人に使われながらずるがしこく生き抜いてきた自分と違い、150年に渡る支配と抑圧は、彼女の輪郭そのものを揺るがしていた。
 目の前が真っ赤になり、気づいたときにはその胸倉を掴み上げ、白い頬を思い切り張っていた。

「…な、にを」
「何腑抜けたことぬかしてやがる!バーーーーーカ!!!」
 呆然と赤くなった頬を押さえるハンガリーに、尖った声をたたきつける。
「お前みたいな女、手下にするわけねえだろうが!俺はハプスの腰抜けどもとは違う。おまえら異民族どもなんぞ排除して、ゲルマンだけの国をつくってやる。頼ろうってんならお門違いだぜ!」
「――!?」
 一瞬の後、ハンガリーの瞳が、怒りと矜持に燃え盛った。
「誰が、いつ、お前を頼ったって?言ってくれるじゃねえかこの成り上がりが!!」
「おごふっ」
 叫ぶや、固めた拳で男の頬を思い切り殴り返すハンガリー。仰け反ったプロイセンの腹に蹴りを叩き込むと、彼女は昂然と顔を上げ、高らかに叫んだ。
「こっちから願い下げよ。わたしは誰の手も借りないわ。何十年何百年かかっても、この自分の足で立って、このわたしの手で、自由を勝ち取ってみせるわ」
 まるで、少年だった頃のように、ぎらぎらとした鋭さをとりもどしたその目の奥に――ほんの一瞬、すべてをわかったかのような光がゆらめくのを、プロイセンは見た。 
 ありがとう、と、確かに彼女の表情が告げた気がするのは、気のせいだろうか。
(そうだ。それでいい)
 言い知れぬ安堵と同時にプロイセンは、胸の奥でそっと描いていた夢が、永遠に凍りついたことを知った。

 彼女の、手をとってみたかった。人間の男が、愛した女とするように、同じ地に住み共に暮らし、喜びも苦しみも分かち合い、同じ未来を夢見てみたかった。
 けれど、それはできないのだ。どれほど彼が強くなり、どれほど居心地の良い檻を作っても、彼女はきっと不幸だ。草原の魂を持つ、誇り高いこのマジャルの末裔は。
 どうしようもない自我に引き裂かれ、苦しみ暴れ、暴れ狂って、下手をすれば自ら滅びに向かう。この、強情でままならぬ、ハンガリーという『国』は。

「今に見ていなさい。我々マジャルはけして屈しない!尊大なお前たちゲルマンにも、野蛮なオスマンどもにも、けして!いつの日か自由を手にする時まで、永遠に戦い続けるわ!!!」
 呪いを吐くかのように激烈に叫びながら、ハンガリーは、見開いた目から静かにぽろぽろと涙をこぼしている。

 ああ。
 彼女が泣くのを、はじめて見た。

 その涙は、綺麗で、綺麗で。
 気づけばその頬を両手で挟み、零れ落ちる雫を啜っていた。
 唇をおしあてた頬は、冷たく濡れて、やわらかかった。支えた頭はちいさくて、泣いた所為かしっとり汗ばんで甘い匂いがした。
 切れ切れに苛烈な呪いを吐き続ける唇を、ふさぐように、口づけた。

 こんなことは無意味だと、わかっていた。たった今、彼は、永遠に彼女を諦めたというのに。
 絶望に真っ黒になった頭で、ただ、何度も何度も口を押し付けた。しょっぱかった。
 なかないで。彼女の唇が動いた。
 泣いてるのはお前だろう。言い返そうとして、自分の頬も濡れているのに気付いた。痛み以外で涙を流すことがあるなんて知らなかった。
「なかないで。ごめん。ありがとう、ギルベルト」

 それは、プロイセンではない、彼の、ひとりの青年としての名だった。彼は目を見開いた。

 目の前に、彼が、恋をした『エリザべータ』がいた。好きだった。たぶん、子供の頃からずっと。国としての感情ではない、説明のつかない、それは本来存在してはならない感情のはずで、だから、ずっと領土に対する野心なのだと置き換えて。
 言い訳にしてきた野心が潰えてしまった今、なおも胸を焦がすこの思いは何だろう。なんと呼べばいいのだろう。

「エリザ」
 かすれた声で、名を呼んだ。緑の瞳が、ふたたび涙で潤んだ。玉を結んだ涙の粒がまばたきと共に頬を滑り落ちて、彼らはもういちど唇を重ねた。




END
作品名:実らずに終わった恋は、 作家名:しおぷ