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実らずに終わった恋は、

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***

 自分を易々と抱き止めたプロイセンの腕の中、ハンガリーは愕然と喘ぐ。
 冷えた身体をすっぽりと包み込む、自分とはまったく違う生き物の感触。広い胸、固い腕は、逆に彼女自身の輪郭を否が応でも自覚させる。
(ああ――そうか。わたしは、こんな、)

 こんな体をしていたのか。こんなかたちをしていたのか、こんなに細い頼りないちっぽけな、柔らかい身体をしていたのか。

 はじめての認識は強烈な不安と恐怖を呼び起こし、彼女は無意識にすがりつくように男の背中に指をたてる。
 一瞬ぎくりと強張った腕が、ゆっくりと抱きしめてくるのを感じた時、襲ってきたのは――かつてないほどの恐ろしい安堵。
 常に耳元で響く幾百の苦悶の声が遠のいて、かわりに鋭利になった肉体の感覚が本能的な歓びを叫ぶ。
「は、ハンガリー…?」
 動揺した男の声すら、心地よい振動に思えてハンガリーは混乱のままきつく目を閉じた。
「…このままでいて」
 かろうじて聞こえるか聞こえないかの声で、鋭く小さく囁く。
 プロイセンが震えるようにして、がくがくと頷く気配がした。直後、さらにぐっと強い力で抱き締められ、泣き出しそうな多幸感に襲われる。
 ああ、ああどうかそのままで。けれど――違う。

――違う違う違う――違う。

 しがみついていられる間はいい。抱き返してくれている間はいい。
 けれどこの腕は、他人の腕だ。
 駆け続ける駿馬の肉体。けして止まることのない、炎のような男の背中。本当の意味では絶対に自分のものにはならない。別の生物。男の。

 ハンガリーはひゅう、と息を吸う。そうしなければ涙が、あふれそうだった。
 熱い胸の中は恐ろしいほど居心地が良く、自分をとりまいていた息詰まるほど過酷な――けれどかけがえのない現実が、急激に溶けて、色を失っていく気がして、彼女は震えた。
 今この瞬間、確かなものは、この腕がくれる安堵だけ――それを、ただ味わっていられれば。このまま、この完全な瞬間のまま――願わくば永遠に。さもなくば死んでしまいたい。
(何を考えている『ハンガリー』)
 千年生きた国の化身の理性が喚く。そんなものは、子供じみた気の迷いだと。実態のない幻を追うような、無意味な渇望だと。それなのに、だからこそ、欲求は切実で、彼女は笑う。これが『女』か。これが、自分か。なんという愚かな。なんと業深い。

――終わりにしたいなあ、と。心のどこかで、かぼそい声が呟くのが聴こえた。草原の真ん中で膝を抱えて小さくまるまったボロボロの少年が言う。
――そうだね。そろそろ疲れたかもしれない。

 何も知らない男の声が、耳をくすぐる。
「ななななななんだよ、ハンガリー。しおらしい顔しやがって!おおおおお俺様の、てて手下にでも、なる気になったのかよ!?」
 ああ、ああ――世にも単純で、幸福な生き物!その無知が、泣きたいほどに愛おしい。エリザベータは笑う。今ならば。この男の腕の中でなら。

「それはそれで、いいのかもしれないわ」


作品名:実らずに終わった恋は、 作家名:しおぷ