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かみさまのこども

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旅先で偶然訪れた小さな村の酒場兼旅籠、その噂話を聞いたのはそこで簡素な食事と軽い酒席を設けている時だった。
連れはいない。彼は一人だった。そしてその山村は酷く鄙びた位置にあった。排他的だろうかと最初思わなくもなかったが、彼らはむしろ中央の情報に飢えており、特に話し相手を連れていなかった彼は瞬く間にささやかな労働の後の一杯を楽しんでいる人々に囲まれる事になった。
話は尽きなかった。彼自身あまり話し上手という訳でもなく、人と特に深く関わる事もそう得手ではなかったが、まあ一夜限りの事とて多少なら我慢しようと思った。原因は話題の見返りに宿代を半額にしようと主人から言われた事でもあったし、出された食事が簡素ながら彼の口に合いなかなか旨かった、という比較的単純な理由だった。
いい加減日付も変わろうかという頃、彼自身は加減しつつ飲んでいたのでさほどでもなかったが、彼を取り巻く人々は相応に出来上がっていた。すまないねお客さん、いつもはこうでもないんだけれど珍しい話しが楽しくてね、と詫びを入れる主人にそれは構わないと肩をすくめてみせると、彼は店内に散らばった大量のジョッキを片付けながらこう言い出した。
「珍しい話をたくさん聞かせて頂いた御礼に、この土地の神子様の事を教えてやるよ。この先の珍しい話にもなるだろう?」
「かみごさま?」
「と、俺達は呼んでいる。この村から少し離れた山間に一人でずっといらっしゃる方だ。言葉もまともに話せないし、まあ、ぱっと見は知恵の足らない子供にしか見えない」
「保護はしなくていいのか」
「……見れば分かるだろうが、どうも、できないんだ。で、村の衆が時折食事や服を運んでいる。それに対して礼を言う力はまだ残っているから、完全におかしくなっている訳でもない」
「それが何故神様扱いなんだ?」
「昔からずっとそうだから、だよ」
「……子供じゃないのか?」
「ああ、そうさ」
彼は年を取らない。いつからそこにいたのかも分からない。見た目はとても美しいのに、決して身なりには構わず、ただその場を決して離れずずっとそこにいるのだ。
苔むした岩とささやかな沢、多くの長い年輪を経た常緑樹に囲まれた場所で、誰と無く彼を神様の子供と呼ぶようになった。実際彼は、傷つき怪我をした者が近くを訪れると、不思議な力でそれを癒してくれる事もあるのだという。そんな折、不可思議な女神の姿と舞い散る輝く羽の幻影を見た者もいたらしい、と村のささやかな言い伝えには残っているのだという。
「でもまあ、今は特にそういった話も無いな。単なる不思議な……年を取らない子供、それだけだよ」
年を取らない子供、口の中で呟き、彼は亭主に礼を言った。村を出たらその子に会いに行ってみよう、……話の種になるから、そうも告げた。


確かにこれは神様の子供と呼ばれてもおかしくない、そう感じた。
不思議な場所だった。山間の、少し開けた場所。雨露を凌げそうな岩場が迫り出しており、すぐ脇に綺麗な沢が流れている。湿った空気、苔むした岩場と太い木々、そういった場所の中央に不自然に一つ小さな(といってもちょっとした幼児ぐらいの大きさはある)岩が転がっていて、それもまた蔓草や苔に覆われている。
彼はその、自分の膝丈より少し高い程度の小さな岩にぺたりとすり寄るように座っていた。髪は確かに伸び放題で、手指は……爪は確かに長かったが想像ほど伸びていないようで、どうやら日常作業に邪魔と思い自身で噛み切っているものらしい。ぎざぎざとした断面が不揃いに十本の指を縁取っていた。左手には黒ずんだ包帯がきつく巻かれており、いつからそうしてあるものか想像も付かない。しかし近場の沢を利用しているらしく、思ったよりも清潔そうだった。ということはそれだけの知性はまだ残っているという事だ。
髪はくすんだ金髪で、少年は近寄る彼に気づくと前髪の部分を掻き上げて顔を晒した。視界を確保するつもりだったのだろうが、その結果彼の容姿も確認する事ができた。
少女かと思ったが、……少年だ。綺麗な顔立ちで、大きな青い瞳が酷く印象的だった。

「やっと見つけた、オーリ」
思わずそう呟くと、彼はびくんと肩を揺らして側の岩にすがりついた。ああ、では、これが……その人の墓標なのだろうか。この少年はまだそれを忘れていないのだろうか。
「僕の言う事が、分かる?それとも人の言葉も全て忘れてしまった?」
「……わかる」
掠れた声だったが、それは普段から言葉を発していないからだろう。頷いて、彼は言葉を続けた。
「君の話を、遠い昔に聞いた事があった。全ての犠牲になってあらゆるものを無くしてしまった人。何もかも忘れてしまって、もう覚えている事はほとんど残っていなかった。でも、君を大事にして…忘れないと誓い、できる限りずっと側にいる、そう言った人が居た。君は彼を忘れなかったし、彼も…トロイさんもきっと最後まで君を忘れなかった事だろう。オーリ」
ぼんやりと目を見開いて語られる言葉を聞いていた少年は、トロイの名を聞くとぽろりと涙を零し再び小さな岩にすがりついた。
「オーリ。トロイさんと一緒にいて、幸せだった?」
「…………」
言葉もなくこくりと頷き、彼は本格的にぼろぼろと泣き始めた。
彼はどれだけ長い間、この場所にいたのだろう。海から遙かに遠い場所で、彼は本当に大事なものを全部失って、ただ墓標だけに取りすがって神様の子供などと呼ばれていた。傷ついた者を治してやったのは、それでも残っていた彼の本質的な優しさだったのだろうが。自分が偶然この村に通りすがらなかったら、彼はこの先もずっとここでこの岩に縋って生きていくはずだったのだろう。

包帯を巻き直そうか、そう声をかけると、彼は酷く迷った素振りを見せて、それから小さく溜息をつくと左手を差し出した。朽ちかけている包帯は軽く指をかけて引っ張るとぼろりと裂けて落ちた。水をかけて軽く擦り、表面を整えてから新しい包帯を丁寧にまきつける。彼からあらゆるものを奪い去ったそれを覆い隠すように。
「オーリ。よく、自分の名前を覚えていたね、僕は…君はもう自分の名前を覚えていないと聞いていたよ」
「トロイがずっと呼んでくれた。ずっと…最後まで、ずっと」
だからもう忘れない、そう呟いて、泣き腫らした目元に一瞬酷く幸せそうな色が浮かんだ。
想像よりも彼の知性はまともだった。村人は誤解していたのだ、オーリは……特定の人間としかまともに言葉を交わさないらしい。どうやら話しかけた彼自身、偶然そのきっかけの言葉を発していたようだ。推測に過ぎないが、恐らくそれは……トロイが生涯かけて呼び続けたという、彼の名前だったのだろう。名を呼ばれた時彼が見せた反応がふと思い出された。
「教えて欲しい事がある」
「なんだい」
「俺が生け簀から外に出てから、どれだけ時間が経ったの?」
「……それが君と彼が群島を離れてから、と言うのなら。もう、130年ほど経つよ。君がどれだけの間ここにいたのかは知らないけれど、君の生まれた国の人達は君がいつか帰ってくると今でも信じて待っている」
「でも……もう嫌だ」
「嫌か」
「生け簀は、嫌。一人は嫌だ……ここなら」
作品名:かみさまのこども 作家名:滝井ルト