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FATE×Dies Irae2話―3

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立ち去る二つの背中を、閉ざされた扉の向こうに見送って。
 言峰綺礼はその口の端に、歪んだ笑みを滲ませた。
「――衛宮、か。よもや再びその名を耳にするときが来ようとはな」
「彼のことをご存じなのですか?」
 士郎と凛、そして綺礼の三者以外、今の今まで誰も存在しなかったはずの礼拝堂に、忽然と四人目の声が響いた。
 振り返ったその先に佇んでいるのは、僧衣をまとった金髪の偉丈夫。
 聖槍十三騎士団黒円卓第三位ヴァレリアン・トリファ=クリストファ・ローエングリーン。
 此度の聖杯戦争において、ランサーのクラスを得て現界した言峰綺礼のサーバントだ。
「いや、あの少年自身とは今宵が初対面だ」
 衛宮邸におけるセイバーの現界。
 その顛末の一部始終をランサーの視覚を通じ見届けていた綺礼は、薄々ながらその可能性に思いを至らせていた。
 そして胸の内に秘めていた予想は、少年の名を聞くにおよび確信の域へと高まった。
 衛宮の姓。マスターに選ばれ得る魔術の素養。住処たる工房。そして、あのセイバー。
 もはや疑うべくもない。
「私が面識があるのは彼の養父――名は、衛宮切嗣。先の第四次聖杯戦争において私と最後まで聖杯を争ったマスターの一人だ。何年か前に他界したと風の噂で聞き及んではいたが、よもやその忘れ形見とこのようなかたちでまみえることになろうとはな」
 衛宮切嗣の実子はアインツベルンに残してきた娘が一人。
 他に、親類縁者はいないはずだ。
 となれば必然、衛宮の姓を名乗ったあの少年は彼の養子と見るべきだろう。
 この十年の間に、新たに子をもうけたという可能性はあるまい。
 歳が合わないということもあるが、綺礼が最後に目撃した衛宮切嗣は、聖杯の泥と失意に蝕まれた、生ける屍そのものだった。
 そんな男に、子をなすだけの余力も気力もあったとは考えられない。
「かつては宿敵とさだめた男だが、聖杯戦争終結のおり抜け殻も同然と化したのを契機に、ついぞ興味を失い足取りを追わずにいたが、よもや養子をこさえていようとわな。実に喜ばしい。まるで往年の宿敵と再びあいまみえたような気分だ。しかも、サーバントはあの時と同一の英霊ときた。アレもこの話を聞いたら、さぞ喜ぶことだろう」
「そう言えば彼はどちらに?」
「さてな。おおかた物見遊山に夜の街にでも繰り出しているのだろう」
 投げやりな綺礼とは対照的に、ランサーは憂慮もあらわに眉を寄せる。
「よろしいのですか? これまでであればまだしも、最後のサーバントが召喚されたことで聖杯戦争もいよいよ本格的に動き始めます。存在するはずのない八人目のサーバント。それも前回の優勝者と契約を交わしているというのは、まさに絶大なアドバンテージです。罷り間違って他の陣営にみすみす存在を気取られては、せっかくの利点が台無しだ。そうなる前に呼び戻すのが懸命と存じますが?」
「至極もっともな懸念ではあるが、是非もあるまい。アレは私程度の諫言で意を翻すような手合いではない」
 無論、令呪を使えば一時的に言うことを聞かせることはできる。
 だがそのような挙におよんだが最後、彼との関係は間違いなく破綻する。
「なるほど。違いない」
 ランサーはやれやれと諦観の溜息を漏らし、
「時に、話は変わりますが――マスター、今後の方針をお聞かせいただきたい。さしあたって私の役割は各陣営に対する威力偵察ということでしたが、これで後偵察が済んでいないのはキャスター、バーサーカー、そしてアサシンの陣営を残すのみとなりました。うち、キャスターとバーサーカーのマスターの所在に関してはすでに掴んでいます。流石に今宵は消耗しましたゆえ偵察は明日以降ということになりますが、ではさて、どちらを先にいたしましょう?」
「ああ、その件だが気が変わった。威力偵察はいったん中断だ。以降はしばらく、状況に応じて各陣営の監視に徹しろ」
「つまりは静観、ということですか?」
「そうだ」
「なるほど、あい分かりました。それがマスターの方針と言うのであれば是非もありません。が、もしさしつかえがないので変節のわけ、ぜひとも説明願いたいものですね」
「別段おかしな話ではあるまい。お前の働きによってバーサーカーはアインツベルンに召喚され、キャスターは柳洞寺を根城としていることが判明した。落ち目の間桐邸。勝手知ったる遠坂邸の結界であればいざしらず、アインツベルンの森と柳洞寺の結界は、私やお前程度の力量でどうにかなるものではあるまい。迂闊に踏み込めばお前のクラスは低下し、感覚の共有も途絶える。そうなってはいざという時、令呪を使っての撤退は不可能だ。タイミングをはかれないのだからな。で、あれば無茶はできまい」
 理路整然と諭す綺礼。しかしランサーは納得しない。
「ああ、ですからそこが解せないと申しているのです。だってあなた、私を捨て駒にするつもりだったでしょう?」
「その通りだ」
 ランサーの指摘を、綺礼は事も無げに、あっさりと認めた。
「聖杯戦争を制するだけであればサーバントはギルガメッシュ一人で事足りる。正味、貴様がいようといまいと大局に影響はない。ゆえ、私は当初お前を使い潰す気でいた」
「今は違うと?」
 にやりと頬を吊り上げる綺礼。
「レイラインを通じて垣間見た貴様の過去、その胸に秘めたる妄執は実に興味深い。邪なる聖道――小のために大を捧げ続けるその在り方と行く末を私はぜひとも見届けたい。あたら使い捨てるなど、そんなもったいない真似ができるものか。何なら聖杯をくれてやるのもやぶさかではないぞ」
 告げる言葉は掛け値なしの本音だった。
 言峰綺礼にとって、ヴァレリアン・トリファは彼の嗜好を満たし得る久方ぶりの美酒だった。
 ランサーは綺礼の真意を推し量るように、鋭く研いだ視線をじっとそそぎ、
「私の渇望を知ってなお協力を申し出ますか……やれやれ、どうやらとんでもない御仁に見初められたようだ。私も大概ですが、あなたも相当に歪んでいらっしゃる」
「不服かね?」
「とんでもない。むしろこの奇跡を神に感謝したいほどだ。こうして敗者復活の機会を得られただけでなく、理解者にも恵まれたわけですからね。まさに僥倖。実に幸先がいい。あらためて今後ともよろしくお願いいたします、我がマスター」
「こちらこそ期待しているぞ、我が従者よ。その邪なる生き様で、存分に私を魅せてくれ」
 そして、二人の聖者は笑みを交わす。
 邪なる、その笑みを。


      ◆◆◆


『―――――――』
 けたたましい咆哮が深夜の静寂をぶち破る。
「士郎、下がって!」
 岩から削り出したような無骨な大剣を肩にかつぐように振り上げ、猛然と跳びかかるバーサーカー。
 不可視の剣を下段に構え、それをまっこうから迎え撃つセイバー。
 二つの太刀が鋭く翻り、次の瞬間、狂戦士の雄叫びにも勝る甲高い大音声が、眩い火花とともに爆ぜ散った。
「くっ……!」
 轟音。衝撃。振り下ろされた大剣がアスファルトを砕く。
 激突の刹那、バーサーカーの圧倒的な膂力に力負けを悟ったセイバーは、すかさず身を退き、その一撃をかろうじて受け流した。
「はあっ!」
 反転。一閃。打ち合った反動を利用して、横薙ぎに剣を叩き込む。
作品名:FATE×Dies Irae2話―3 作家名:真砂