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FATE×Dies Irae2話―3

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 バーサーカーはそれを苦も無く防ぎ、瞬前までセイバーが身を置いていた空間に反撃の拳を打ちおろす。
 響き渡る破砕音を背に、横飛びに地を蹴ったセイバーは、塀や電柱を足場代わりに跳ね飛んで、敵の死角へと回り込んだ。
 おびただしい数の光の矢が、雨あられと降りそそいだのはその時だ。
 アーチャーによるものだろう援護射撃が、獲物を見失いわずかに攻勢の手をゆるめたバーサーカーの巨躯に次々と殺到する。
 セイバーの斬撃、バーサーカーの暴力にくらべれば、それははるかに威力の劣る攻撃だった。
 だが、腐っても英霊の一矢である。いかに屈強なサーバントとはいえ、不用意に浴びれば相応の手傷は覚悟せねばなるまい。だが、

『――――――――』

 バーサーカーは一顧だにしない。
 飛来する矢のことごとくをまともに身に浴びてなお、無傷でセイバーに追いすがる。
 道路が爆ぜる。塀が砕ける。そうして瞬く間に、辺りは暴虐の巷と化していった。
(強い……!)
 膂力。速度。強度。およそ身体的な能力のすべてが、セイバーとくらべても頭一つ以上抜きんでている。
 体格差を逆手に死角から死角へともぐりこむことでどうにか互角に渡りあえてはいるが、このままではジリ貧だ。
 隙を見ては執拗に放たれるアーチャーの矢も、バーサーカーが相手では牽制にすらなっていない。
「ちっ……!」
 狂戦士の追撃が、ついにセイバーをとらえた。寸前で聖剣を滑り込ませからくも巨刀の直撃だけは免れたが、まともに防御を強いられ、ピンボールのように宙を舞う。ここぞとばかりに追い打ちをかけるバーサーカー。セイバーの足が地を踏むよりも速く、その巨体が騎士王の身体を間合いへとおさめる。
 いかなセイバーと言えど、空中で取り得る行動には限界がある。最凶をうたわれる眼前の英傑を相手に、それはあまりに致命的な隙だった。
 だが大上段に振りかぶられたその剣が、セイバーに襲いかかることはなかった。
「!?」
 力任せに攻撃を中断し、即座に転進するバーサーカー。向かう先にはイリヤスフィール。そして、彼女を狙う光の矢衾。
 アーチャーによる今までの単調な射撃は、おそらくこの時のための布石だったのだろう。だが彼の目論見は、想像を絶する狂戦士の反応速度の前に惜しくも阻まれた。
 少女目掛けてつるべ落としに押し寄せる矢の驟雨は、馳せ参じたバーサーカーによって紙一重で弾き落とされ、

「はぁああああ!」

 豪剣一閃。
 この機に乗じ懐へと飛び込んでいたセイバーの渾身の一刀が、巌のような灰色の巨躯を袈裟がけに奔り抜ける。
 直撃。だが、
「くっ……!」
 硬い手ごたえ。
 ほとばしった聖剣は、バーサーカーの胸板を浅く裂くにとどまった。
 ランサーにはおよばないもののすさまじい強度だ。鞘(風王結界)におさめたままの聖剣では一撃必殺など到底不可能である。それどころか削り斃すのも至難だろう。
 片手でマスターたる少女をかつぎあげながら、大剣を振り回すバーサーカー。
 屈みこんだセイバーの頭上を斬風が荒々しく吹き抜け、逃げ遅れた金色の髪をほんのわずか斬り散らす。
 セイバーは再び死角へと回り込むべく、たわめた膝に力を込め――その足元が不意に崩れる。度重なるバーサーカーの猛攻に蹂躙され、道路は一面、見るも無残に荒れ果てていた。
(しまった……!)
 それでも何とか跳躍するも、明らかに飛距離が足りない。
 そこにバーサーカーの返す一刀が迫る。ぶつかり合う二振りの剣。受けとめきれない。
「かはっ……!」
 聖剣を押しのけたバーサーカーの巨剣に脇腹を薙ぎ払われ、セイバーは無様に道路の上を転がった。
「セイバー!」
 切迫した士郎の叫び声。
 身を蹂躙する激痛よりも、今この瞬間、最凶の敵手に対し度し難い隙を晒していることにこそ、セイバーは蒼褪め、総毛立った。
 だが、そんなこちらの危惧をよそに、バーサーカーは追撃に移ることなく傲然と佇んでいる。
 剣を杖代わりによろよろと立ち上がるセイバーを、イリヤスフィールは己がサーバントの肩に腰掛けながら、嘲るように見下ろした。
「あら、この程度? ふふ、最優のサーバントって言っても大したことないのね。けどまあ、仕方ないか。私のヘラクレスは無敵だもの」
「!? ヘラクレス……!?」
 はっと息を呑む凛。
 ヘラクレス。ギリシャ神話最大にして、古今東西、数ある英雄譚の中でも破格の武勇を誇る英傑だ。
 少女が敢えて真名を明かしたのも、己がサーバントの力に絶対の信頼を寄せているがゆえにだろう。
「――――っ!」
 まずい。脇腹からしとどに噴き出す血の量に、負った傷の重さを悟る。
 絶命にいたるほどのものではないが、深手であることに変わりはない。
 格上の強敵を相手に抱え込むには、あまりに致命的な足かせだった。
 こうなると頼みの綱はアーチャーだけだ。
 弓兵たる己の本領を揮うためだろう。彼の気配は遠く離れた場所にあった。
 マスターたる凛と違い決して協力的とは言えないアーチャーだったが、この場には彼のマスターもいるのだ。
 みすみすここでセイバーを見捨てるような挙にはおよぶまい。
 問題は彼にこの難局を打破するだけの切札があるか否か――その一点につきた。
 アーチャーとて英霊のはしくれだ。必殺を自負するだけの宝具の一つくらいは秘めているだろう。
 だがここは住宅街のただなかだ。大規模破壊をひきおこすような攻撃はおこなえない。
 よしんばバーサーカーを仕留め得るほどの切札をアーチャーが有していたとしても、それが対軍、対城宝具の類であったならそれまでだ。
 満身創痍のセイバーに引導を渡さんと、悠然と歩を進めるバーサーカー。
 アーチャーが事を起こす気配はない。
 もはや万事休す。この場にいるマスター、そしてサーバントの誰もがそう思ったであろう、その時。
「まずは一人」
 勝利を確信したイリヤスフィールの囁きが涼やかに夜気を揺らし、


「ちょい待ち」


それを、人を食ったような声音が飄然と遮った。
 


 


作品名:FATE×Dies Irae2話―3 作家名:真砂