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焦空、焦想

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「おい銀時、起きろ。」
意識が戻る前に頭を足蹴にされ、銀時は声にならない呻きを上げた。
誰かが自分を起こそうとしていたのは解ったが、とてもそんな気分ではない。
こういう時は無視するに限る。
気にせず睡眠に戻ろうと思った処を、今度は勢いよく踏まれた。
そのまま頭を揺さぶられて、ようやく観念した。
「・・・ってーな。ンだよバカ杉。」
こんな風に自分を起こせる奴は一人しかいない。
桂はこんな行事の悪い真似はしないだろうし、坂本なら自分を銀時とは呼ばないだろう。
目も開けずに悪態を吐くと、バカはテメーだと予想通りの声が返って来た。
「何処にいるかと思えば、寝てたのかよ。」
「まだ寝たばっかだっつーの・・・。」
「寝てんのはお前だけだ。」
「疲れてんだからしゃーねェだろうが。」
踏まれてぐしゃぐしゃになった髪を直しながら起き上がると、険しい顔をした高杉が視界に入った。
明らかに納得のいっていない顔をしている、不審がっているのか。
「・・・明日もあるわけだし、ヅラにはOK貰ったんだぜ。」
一応釈明のようなことを言ってみる。
明日は天人の一軍に攻撃を仕掛けることになっていた。
その為に数日前から高杉率いる鬼兵隊と合流し、行軍を続けている。
目指す天人軍の宿営は、今彼らがいる山の麓。
奇襲をかける為、こちらの本陣はその山中に置くことにした。
だがこの日、昼過ぎから行軍したにも関わらず、銀時たちが宿営を張ったのは日が暮れてからだった。
本当はこんなに時間をかける予定ではなかったのだが、途中何度も幕軍から身を潜めて足止めを喰らったのが災いした。
戦場で死体の山を作るのも疲れるが、一日中気を張り続けて移動するのも辛い。
作戦の前日ともなれば尚更だ。
流石の銀時も設営が一段落したところで体力の限界を訴え、先に寝かせてもらっていた。
疲れたもう寝ると言う子供の駄々のような堕言を桂が通してくれたのは、それを言ったのが銀時だったからだろう。
斬り込み隊長の白夜叉がバテていては作戦も台無しである。
要するに特別扱いなのだ。
桂の了解という一言で、高杉も渋々ながらその意を汲んだようだった。
溜息を一つ零して、
「チッ、わーったよ。」
とだけ言った。
「で、何かあったのか。」
羽織や袴に付いた土埃をはたきながら銀時は問うた。
高杉は武装を解いていたから、緊急事態でないことは容易に見て取れる。
「ああ、作戦変更だ。」
さらりと言った後、高杉はふいと踵を返した。
だが何故か本陣の方へは行かず、別の方向へ足を向けていく。
「おい、会議すんじゃねーの。」
眠いところを無理矢理起こされたのだ、てっきりそういうことだと思っていた。
「凄いことになってンだ。見に来いよ。」
一見浮ついたような物言いだったが、振り返った高杉の目は翳っていた。



促されて着いて行ったのは、宿営地から少し上った山の高台だった。
桂たちも既に集まっていて、みんな一様に山の向こうを眺めている。
「あそこだ。」
高杉が顎で示した先を見て、銀時は思わず目を見張った。
まだ日付が変わった頃合だというのに、東の空が明るかった。
銀時たちのいる場所の東側、平野を一つ挟んだ処に小高い山があった。
その山が今、遠雷のような音を立てて燃え盛っている。
時折その音がひときわ大きくなって、山の側面が大きく弾けるように爆発する。
自然災害でないことは一目瞭然だった。
「あーあー、派手にやっちゃってー。」
「俺達が襲おうとしてた天人があっちに行ったらしい。」
「だから作戦変更ってか。」
数日来立ててきた計画がふいになってしまった。
胸をよぎった喪失感の反面、思考は目の前の戦闘にすぐに移っていく。
「援軍の要請は?」
「今のところない。知らないんじゃねェのか、俺達が此処にいること。」
一口に攘夷志士と言ってもその徒党や派閥の数は結構多い。
連携を取っている者同士ならそれなりに情報が回ってくるのものだが、それがないらしい。
こんなに近くにいるというのに連絡がないのは、やはり違う派閥の者たちなのだろう。
だがそれは絶望でもあった。
向こうがこちらに使いを寄越さない以上、むやみに出陣は出来ない。
情報もなければ戦局も解らないのだ。
「どっちが勝ってるんだろうな。」
燃え盛る山を見ながら、それでもという思いで呟いた。
「あっちじゃねェの、やっぱり。」
あっさりと即答し、高杉は赤い空のさらに東側を指差した。
あの山の向こうはもう江戸だ、幕府のことを言っているのだろう。
「だよなー。」
空が赤く染まるほどに火の手が上がっているのが何よりの証拠である。
あれ程の火器を使えるのは天人側しかいない。
高杉の言うとおり、戦況は攘夷派に圧倒的に不利だろう。
解ってるが、手をこまねいて眺めているしかない。
沈黙が、もはや意味を成さなくなった陣営に立ち込めていた。
向こう側の木々の爆ぜる音までもが聞こえてきそうだ。
空を焦がさんばかりに立ち昇る炎と煙は一種スペクタクルのようにも見える。
あの中で人が死んでいっていると解っていても、それを実感することは難しかった。
戦火と言うには綺麗すぎるのだ。
そう思っているのは銀時ばかりではないようで、その場にいる誰もが半ば茫然とその光景を眺めていた。
昔、京都だか奈良だかに山を焼く祭事があると聞いた。
そのイメージなのか、何か神聖なものを見ている気にすらさせられる。
それを教えてくれた優しい人は、今はもういないけれど。
銀時は薄く唇を噛み締めた。



「若草だ。」
ぽつりと零した高杉の言葉は、突飛だったが聞き覚えのあるもので。
「あ?」
「若草山の山焼き。先生が言ってた。」
同じことを考えていた。
驚いた目で見つめた高杉は前方を見据えていた。
その目は炎の反射をもってしてもまだ陰りが取れていない。
「・・・そんな名前だったな。」
高杉の放った言葉が銀時の身体にゆっくりと染み渡っていく。
若草と言う地名なのに、その祭事は冬のものだと教わった。
それが酷くおかしいと、隣に座っていた高杉と笑いを押し殺したのだ。
銀時の物言いに高杉も銀時の思惑に気付いたらしい。
お前もか、と振り返った表情に頷いてみせた。
山火の勢いは衰えることをしらない。
もう戦闘が始まってから随分経っているだろうに、未だに応援要請は来ない。
だが、ただ立ち尽くしていることはもう出来なかった。
図らずも思い出してしまったものが、胸の中でどんどん形を帯びていく。
それは一気に膨らんで、でも弾けず燻って銀時の心を逸らせた。
このままではいられない。
握ったこぶしに力が入っていくのが解る。
そこに刀がないのに気付いて、何処へやっただろうかと思いを巡らせる。
ああ、向こうに置いてきてしまった。
何やってんだ俺は。
アレがなきゃ意味ないだろうが。
銀時は再び高杉を見た。
横顔が照らされて僅かに明るい。
その表情は少し辛そうで、でも同時に何かを決意していた。
多分、自分も同じ顔をしている。
「行くか。」
「ああ。」
やり取りはそれだけで十分だった。



「おいヅラァ。」
少し離れたところにいた桂に呼びかける。
足は既に本陣へ戻りかけていた。
「ヅラじゃない桂だ。どうした急に。」
「俺らちょっくら行ってくるわ。」
作品名:焦空、焦想 作家名:やつしろ