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お猫さまと私達

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惚れた方の負け、とはよく言うだろう?



うちの野郎共は皆一様に荒っぽいが気のいい連中の集まりで、石田が四国預かりの身となって、この国にやって来た時はやはりどこかよそよそしい態度はあったが、それも一月二月と時が経つにつれ、皆も石田三成の人となりを知れば、今ではすっかり仲間として打ち解け、あれやこれやと世話を焼くのが日常になっていた。

野郎共は皆一様に面倒見がいい。
それに加え、石田はどこまでも真っ直ぐな気性で曲がるということを知らない不器用な奴だから、世話焼きの野郎共からすれば、石田は手の焼けて仕方ない可愛い末弟みたいなもんなんだろう。身分や立場は石田の方がずっと上だが、石田は元からそういったもんに興味がないようで、あれやこれやと構ってくる野郎共にいささか辟易としながらも大人しく構われることを許している。
もっとも、そんなだから野郎共も気をよくして石田をもっと構うようになる訳だが……野郎共のお陰もあって、最近の石田の雰囲気が少し柔らかくなった。
ここへ来てすぐの頃は、いつも仏頂面で唇を真一文字に結んでいたものだったが、野郎共が何か馬鹿をしたり、石田に話しかけるようになってからは、石田の頑なに結ばれていた唇がほこりとほどけることが増えてきた。そんな石田に喜ぶ野郎共。穏やかな光景だ。俺は何も言わず、そんな平和な光景を政務の合間合間に嬉しく思いながら、よく眺めていた。

石田の顔が綻んできたのは、良いことだ。
笑顔という笑顔はまだ見せないし、時折物思いに耽るような沈んだ表情を見せることも多いが、それでもいつかはきっと当たり前のように笑ってくれるだろうと信じている。
前髪で殆ど隠れてしまっているが、綺麗な顔だ。
笑えばきっと、もっと綺麗になるだろう。石田は俺にとって、磨けば輝く宝石の原石ようなもんだ。
俺という研磨師によって磨かれ、その存在をもっと輝かせて価値を上げる稀少なお宝。

俺の傍でずっと輝いていたらいい。

そう思って、庭先で馬鹿やってる野郎共と石田から書類に目を戻し、再び筆を走らせたところで、ふと気付いた。


「………あれ?」


石田へ抱く俺の感情が、男へ抱くそれじゃねぇ。


ポタリ、


筆先から書類に落ちる墨のように、俺の心にどうしようもない感情が染み渡る。


「あれ?」


これは…ちっと不味いんじゃねえか。
浮かんだ感情の名にふさわしい言葉が閃いた時、俺は絶句して思わず口許を手で覆った。
これはあれだ。
笑った顔が見たいのも、隣にいればいいと思うのも全部が全部、これのせいだ。



ああ、そうだ。
俺は間違いなく、石田に――……









「かじき」
「にゃあー」
「……それ、どっから見ても普通の猫だよな?」


数日後。
突然部屋を訪ねてきた石田が、訪問に驚く俺に一匹の仔猫をいきなり突き出してきた。首根っこを掴まれて、にゃあと小さく鳴きながら身じろぐ仔猫を呆然と眺めれば、仔猫を掴まえてる石田が無表情に此方を見下ろしながら「かじきは猫の名だ」と猫を床に下ろす。
なんで魚の名前を猫につけるんだよ。
呆れて石田を見れば、奴はしれっとした顔で、床に下ろした白と黒の毛をぽわぽわとそよがして、にゃあにゃあと鳴く小さな斑猫を物珍しそうにじっと眺めている。それを見て口から出かかった言葉は喉の奥に飲み込まれた。
開いた口を一度閉じて、その代わり、ただぼうっと足元の猫を見ている石田にもう一つの疑問の方をなげかける。


「なぁ、ソイツ。どっから拾ってきたんだ」
「野郎共が土産に持ってきた。どうやら母猫と港ではぐれてしまったらしく、鳴いてたところを海鳥に襲われる前に連れてきたらしい」
「アイツら……」
「野郎共は貴様が許可しないなら、港に戻してくると言っていた」
「……………」


仔猫――いや、かじきと言ったか。かじきも己を見下ろす三成の目線に気付いたのか、にゃあと甘えた声を上げ、石田の足に擦り寄る。これまた随分懐かれたものだ。よたよたと足元に寄る小さな存在に石田は何とも言えない苦い表情を浮かべ、此方を見る。
此方を複雑そうに見つめるその視線に含まれた意味を察して、俺は頭を掻く。


「誰が世話すんだ?」
「私と野郎共で面倒を見る。貴様に手間はかけさせない」
「別に手間だとは思わねぇがな……ま、いいんじゃねぇか。可愛がってやれよ」
「………、」


そう言って笑かけてやれば、意外なことに石田は少しだけホッとしたように目を細くして、感謝すると呟くとまた来た時のように猫の首根っこを掴み上げて部屋を出ていく。
どうやら俺から許可を得たことを野郎共に報告しに行ったらしい。
最近は俺なんかより、野郎共と行動を共にすることのが多くなった石田。前ならば話すことがなくても俺の部屋にずっと居たというのに――石田の出ていった廊下の遥か先から聞こえてくる野郎共らと楽しげに話す石田の声になんとも言えない寂しさを感じながら、俺は中断していた書類の検分を再開して政務を続ける。

まぁ、石田の世界が広がることは良いことだよな。

浮かんだ言葉を頭の中で繰り返して、結局、最後は政務に集中できず、その後部屋を訪ねてきた文官達に呆れた顔で怒られた。







動物相手にまで苛々すんのは、流石にどうかと思うんだが、


「かじき、餌だ。食べろ」
「にゃあ~」
「―――………」


開け放たれた廊下の何処かからか聞こえてくる石田の柔らかい声と甘えた仔猫の鳴き声。
それを耳に拾って、絡繰りの設計図から顔を上げると、俺の向かいに座る野郎も同時に顔を上げて、一瞬かち合った顔をひどく驚かせたと思ったら、次の瞬間には何とも心配そうな顔をして俺にそっと話しかけてきた。


「アニキ~…なぁに怖い顔してんスか?」
「ぁあん?この顔は生まれつきだよ」
「そういう意味じゃないっすよ。アニキここんところ、なんかすっげぇ機嫌悪ィでしょう?」
「別に」
「えー?」


設計図に顔を戻すと、見えなくなった前の野郎の困った声が上がる。


「嘘つかねぇで下さいよ。なんかピリピリしちゃって……皆心配してますぜ」
「心配はありがてぇけど、嘘なんか付いちゃいねぇよ。本当に何もねぇんだから」
「三成さんも気にしてましたよ?」
「アイツはかじきに夢中だろうが」


投げやりに言うと野郎は、何言ってんスかと困った声で「アニキの不機嫌に真っ先に気付いたの、三成さんスよ」と呟いた。その台詞に顔を上げれば、困った声とは裏腹に真剣な表情を浮かべた野郎と目が合って、思わずじっと見返してしまえば、アニキ、と静かな声で野郎に名を呼ばれた。


「……三成さんとなんかありました?」
「……ねぇよ……」
「なら、それを三成さんにちゃんと言ってあげて下さいよ。すごく気にしてましたから……自分が何かアニキの気に触ることしたかもって」
「…………それ、アイツがオメー達にそう言ったのか?」
「三成さんが俺らにそんなこと言うわけないじゃないスか!見てて分かりますよ、あの人、すっげぇ正直スから」
「ああ……」


野郎の口から溢れる言葉の数々に含まれる微妙な棘が胸に刺さる。俺は段々言葉を返すのも情けなくなって、静かに何度も頷いた。
作品名:お猫さまと私達 作家名:沙汰