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【ポケモン】獣がポケットにおさまるまで

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 遥か昔、魔獣と呼ばれた獣はヒトと同じ言語を話したという。
 その魔獣は現在、ヒトのポケットの中で鳴いている。

 太陽が草原に照りつけていた。
 少年は裸足で駆け巡り、ひとりで笑い転げた。くほうと一息ついて、ぽそりと呟いた。
 ――魔獣。
 炎を吐きあるいは水を噴き、ヒトを恐怖に陥れた異形の者。言語を操ることから知能の高さが窺え、ヒトは怯え逃げまどい、時には戦った。
 魔獣は恐ろしいということを、少年は何の疑いも無く信じていた。魔獣がヒトを襲うところなど、見たことはないくせに。周りの大人の言うことはあまりに尤もらしく、疑う余地もなかった。
 がさりと近くの草むらが揺れ、愛らしい耳が目に映る。少年は忽ち震え上がって後ずさる。獣は、ひとつ笑う。
「魔獣っ、本物っ」
「……少年、やはり我が怖いのか」
 見た目に不釣り合いな言葉だった。
 黄色い姿、真っ赤な頬、ぎざぎざの尻尾。
 それを純粋に愛らしいと思えない少年。
 獣の頬からぱちっと電気が現れた。ヒッと少年は声をあげ、震える足で逃げだそうとした。
「怖がらずとも、我らは我らで暮らしている。ヒトなどに手出しはしない」
 かひゅうと情けない呼吸の音。少年はごくりと唾を飲み込み、獣の動きを見守った。
 魔獣の生んだ電気は空へと昇り、木の枝から垂れた茎を切った。少年の傍に、熟れた林檎が落ちかけた。すかさず魔獣は駆け寄り、頭で受けとめ背中へ流し、尻尾で弾きちいさな手に乗せ、置いた。
「ふふ、うまそうだろう」
 獣の尾が光り鋼の様に堅くなると、林檎へズダンと振り下ろし、林檎は見事にふたつに割れた。
「食べるかい、蜜林檎」
 魔獣は微笑み差し出した。少年は疑いの色を露わにした。それに対し獣は不快の色など全く出さず、そよぐ風を楽しんでいた。
「ヒトとは不思議な生き物だ。我らが何も手出しせずとも、己に理解できぬ技を使うだけで恐れ慄き遠ざける。全く全く、不思議なことだ」
 食わないのかい、うまいのに。魔獣の頬は林檎を含み膨らんだ。
 しゃく、林檎を齧る。少年には、林檎の味がわからなかった。この獣が毒を仕込んでいたらどうしよう、そればかり考えていた。
「どこか、ここよりもっと遠く。……もっと、ずっと遠くでは、ヒトと我らがうまく共存しているらしいぞ。空を飛ぶ者が言っていた。魔獣はヒトのために火を熾し、水を生む。そこには信頼関係があるらしい。といっても、その地域にすむ我らは、多様な声は持たぬらしい」
 よく理解できない講釈を受けた少年は、わからないなりに考え、この魔獣はさみしいがっているのではないかと感じた。思考の末に辿り着いたのは「魔獣ってなんなんだ?」ということ。
 ――だってこの林檎は、おいしいのに。
 少年の五感は、本来の鋭さを取り戻した。少年に施されてきた教育は、ここにきて消えた。残ったのは、大人への疑念。
「少年よ、恐れることは無い。我にしたって、お前様のことなど何ひとつ知らぬ。だが我はお前様を恐れぬ。それは信用するせぬの問題ではないのだ。全く無知とは恐ろしくてかなわぬよ」
 魔獣は笑った。
「ふふ、不敬だというか。それはすまぬな。ただ未来多き少年に、無性に話しかけたくなったのだ」
 少年の口の中では、甘みと瑞々しさが滲んでいた。どうすればよいのかわからない少年は、無性に林檎を齧った。
「がっつくといいことはないぞ」
 獣は相変わらず笑っていた。
 少年はそれを、愛らしいと感じ始めていた。
「我は、最後の話し相手にお前様を選んだ」
 林檎を齧ることを、止めた。
「最後って……」
「もう言語は話さぬ。この言語が誤解を招くなら、何のための言語だろう。より理解を深めるためのものではなかったのか」
「魔獣……」
 あわれだと思った。なぜ彼らは、誤解されたまま諦めねばならぬのか。
 獣は身震いし、ちいさな手で毛づくろいをした。
「ヒトとは不思議だよ、本当に」
 だがね、と彼は笑っていった。
「我らがヒトより優れていることを証明して、我らは妥協するのだよ」
 雲の位置は大分変わった。
「ヒトの言語はあまりに違う。ヒトという括りなのに無数に存在する。我らは違う。言語は種により違うだろうが、何も意思の疎通には困らない。なぜなら言語はただの声にすぎないからだ。気持ちの乗せ方に言語なぞ何の関係も無い、必要も無い。我らにはな。人間はどうやら、そうもいかないようだが」
 夕暮れはもうすぐ。
「待って魔獣。ぼくはきみの言葉がわかるよ。きみの気持ちがもっと知りたい。きみ達はそれでいいだろうけど、ぼくには言葉が必要なんだ。ねえ、友達になって。ぼくときみは、友達でしょう?」
「さらばヒトよ。少年、僅かな時ながら楽しかった。ありがとう。愛しい友人」
 ぴかちゅう。
 獣は奇妙な音で一声鳴き、草叢へと去っていった。
「魔獣……」
 少年は虚しさを感じた。ぼくはきみの名前も知らない。

 博士はてのひらのぬくもりが移ったであろう本を閉じ、おいしそうに珈琲を啜った。
「博士、これってほんとのことなんですか」
「いいや、わたしの妄想だよ」
 少女はすこし落胆した。
「なんだ、そうなですか。……て、え、これ博士が書いたんですか」
 博士は眉ひとつ動かさなかった。そしてさらりと言った。
「だからなんだね、ひとつの可能性に過ぎんよ。こんなこともあったかもしれん。ひとつの考えに固執するな。洗脳されるな」
「洗脳……」
「教育とは、洗脳のようだねえ。……くひゃひゃ」
 しゅるんと博士の幻影は、黒いポケモンへと姿を変えた。
 半分ほど減ったマグカップを見て、少女は呟いた。
「ゾロアも珈琲飲むんだ……」
 少女は本の表紙にふれた。博士の温度はぬるかった。
 少女はポシェットに手を入れ、ひやりとした球体にふれた。だいじょうぶよ、この向こうにはぬくもりがあるわ。手を出し、コンピュータを起動させた。