サプリメント
サプリメント ~世界で八番目に美しい男~
―――寒いのは嫌いだ。
そう確かにあの男には告げたはずなのだが。なぜだか、この寒空の中を彼此一時間以上も待たされている。
この私が、だ。
世の中は便利になって、大概の場所では携帯電話があれば連絡がつく。
その弊害もまたあるのだが…。
もう何度となく繰り返した動作、ポケットの中を弄って取り出したスマホの画面を見つめるが、やっぱり先刻と変わりはなかった。
不誠実な律儀者め……。
たっぷりと毒気を込めた溜息は白い吐息となって漂い消えた。
【 サプリメント ~世界で八番目に美しい男~ 】
「……世界で最も美しい男たち??この雑誌が何か?」
地上を見下ろす高層ビルの一室。
これでもかと誂えられた毛足の長い絨毯、磨き上げられた広々とした机を囲う、絶妙なスプリングをきかせたしっとりと肌に馴染む革張りソファに身を沈めながら、明らかに場違いな姿で薄汚れたシャツを半ばあたりまで捲り上げた腕をバサリと無造作に置かれた雑誌へと伸ばした。
パラパラとページを捲ると、何処かで目にしたことのある、名だたるセレブばかりだ。某国政治家、サッカーや野球などといったスポーツ選手、世界的なポップ歌手や俳優etc…。
ハッキリいってイエロージャーナリズムには全く興味がない。
それに私がジャーナリストとして属しているのは最も目の前の雑誌とは程遠い、人の生き死にがかかっている血生臭い場所……戦場だ。
まあ、あとは趣味の宗教建築物巡りが高じて、小遣い稼ぎ程度にコラムを書いたりするぐらいだ。
怪訝に眉を顰めて、目の前で何やら含んだ笑みを浮かべる女性に視線を向け、スッと差し出された綺麗に彩られた指先に雑誌を手渡した。
世界的にも有名な通信社のトップを継いだ彼女はうら若き乙女と言えたが、なかなかに豪腕を振るうことでも有名だ。
そんな彼女……城戸沙織と知り合うきっかけとなったのは血生臭い戦場ではなく、とある場所の神殿。
静かに降り注ぐ光の中で佇む彼女の神々しさに夢中になってシャッターを切り続けた。最初は不審がった彼女だったが、彼女を被写体にしたコラムを含めて一冊の本となった時、彼女から連絡があった。
彼女の正体を知って、その時は私も驚いたものだ。
「この彼、どう?」
「どう?と言われましても…」
彼女が指し示したページは一位でも、二位でもなく八位という微妙なランクだ。
容姿云々でいうならば、上位ランクでしょう?と、殆ど決定された物言いで返される。彼女が言いたいことを推し量るが、あまり成功したことはない。無邪気さを装いつつ、結構悪どい女神なのだ、彼女は。
「上位ランクでないことが御不満なのですか?しかし、人の好き嫌いといったものは千差万別では?」
「それもあるけど。彼、面白そうだとは思わない?」
「はい?」
もはや迷子である。なぜこの男を見て面白そうだと思わなければならないのか。
プロフィール欄に目を向ける。某国の政治家の養子の一人らしいが、今はまだ政治家を継いでいるわけではなく、俳優として活躍しているようだ。優れた容姿だけでなく、身体能力も抜群、演技も堂にいったものらしい。
そしてゴシップにも事欠かないようである。
……つまり、私とは縁遠いわけだ。
「全くもってなんの面白みも、興味も沸かないのですが」
「あら、そう?残念ね……せっかくの申し出だけれども、貴方のご執心のシャカはこう言ってるけど。どうしますか?サガ」
沙織嬢の目が細められて、私を通り越した先、つまりは背後へと向けられた。
「え…」
振り返るよりも先に両肩を押さえられ、左の耳元で心をくすぐるような、低くよく通る声が撫でたのだった。
「まだフラれていないはずだが…沙織嬢。ワザと説明を省く様な真似をなさるのは養父に何か言われたからでしょうか。それとも、この彼を思ってのことかな……」
「さあ、どうでしょう。仕方ないわね、もう一度初めから説明し直すわ。シャカ、聞いてる?」
「……聞いています。聞こえています。が、その前に沙織お嬢さん、この無礼者をどうにかしていただきたい」
私の肩に乗せられていた彼の両腕はぐるりと回され、背後から抱きしめられた形を取り、恐らく、いや絶対に人の頭に顎を乗せているだろう、世界で八番目に美しいらしい男の行為は私史上一位の最悪最低野郎に見事ランキングされた瞬間だった。