夜明け前
さきほどまで身をすくませるくらいに冷えていた寝室は、ゆるやかにぬくもりはじめていた。ギルベルトは広い寝台に男を横たわらせて、空調のリモコンを探る。そうしていったん限界まで引き上げていた室温を、二十度までに落とした。空調の運転を睡眠用に切り替えれば、風が静かに凪いでゆく。
ベッドサイドのやわい明かりが眠気を誘って、ギルベルトも息をひそめてそっと寝台に横たわった。骨ばった左手が、ルートヴィッヒの冷えた頬をそっと撫でてゆく。反応は薄い。もぞもぞとくすぐったがるだけで、どうやら完全に眠りに落ちているようだった。まるで子どものような仕草に喉の奥で笑って、ギルベルトは、男を胸のうちへ引き寄せた。頭を抱けば、呼応するように額を胸へ押し当ててくる。それで、どうしようもなくきゅんとした。抱きしめる腕がおもわず震える。おれさまの弟かわいすぎるぜ、と世界中に中継で見せびらかしたくなるのを、ギルベルトはぐっとこらえた。
「……おやすみ、ヴェスト」
腕をのばしてサイドテーブルの明かりを消したいっしゅん、ルートヴィッヒの額にかかる細い髪が、朝焼けに照り返る海のようにまばゆく、きらとひかった。そこに、引き寄せられるようにして、穏やかなくちづけを落とす。
……潮の匂い、寄せては返すさざなみの音。眠りにおちる直前の、まどろみのなかで、ギルベルトは夜明け前の海を見たような、気がした。