二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

現の夢

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 俺は答えず、掴む手に力を込めた。兄さんはそれ以上追及せず、部屋へ促すように、軽く俺の背を叩いた。

 薄明かりの点いた部屋、体格の良い男が二人で居るには狭いベッド。その中で身を寄せながら、指先は互いのシャツのボタンを外していく。
「……兄さんは」
 俺は手を止め、確かめるように言葉を紡いだ。
「兄さんは、俺のもの……だろう?」
「なんだよヴェスト、俺様が浮気する夢でも見たのか?」
 兄さんは一度目を見開くと、苦笑交じりに俺を抱き寄せた。
「俺はお前のもので、お前は俺のものだ。変わらねぇよ、ずっと」
 そう言って口付けてくる。唇が離されると、俺は兄さんの上に覆い被さるようにして、赤い瞳を見下ろした。
「……。俺だけが知っていればいい」
「お前だけだろ、こんな事」
「違う」
 語気が強まり、自然と眉間に皺が寄る。
 自分でも馬鹿馬鹿しいとは思う。以前に聞いた時には特に何とも思っていなかった事なのに、今更になって不快感を覚えるなどと。男を相手にしたのは俺が唯一で、それはずっと変わらないだろう。けれど兄さんには女性経験があるのだから、知っている女は居た。『お前だけ』という言葉は男性に限っての話であって、今はすんなりと納得出来ない。
 俺の言いたい事を察したのか、兄さんは呆れたように溜息を吐いた。
「……何百年昔の話だよ。みんな死んじまったさ。今はもう、誰も居ない」
 否定の言葉だが、それは同時に肯定でもある。今は居ない、つまり昔は居たという事。
 まるで駄々をこねる子供だ。過去の出来事などどうにもならないのに、大人気ないとしか言えない。けれど、胸の奥に蟠った物が、消えない。
 憮然とした表情のままの俺に、兄さんは挑発的に口元を吊り上げた。
「そんなに不満なら、お前が俺を抱くか? 俺は、お前になら構わないぜ?」
 予想外の反応に、その言葉の意味を捕えるまでに数秒を要した。暫し逡巡し、首を振った。本能的な欲求や好奇心といったものが頭を過ぎり、多少揺らぎはしたが、そこまでは踏み切れなかった。今の関係が壊れてしまいそうだったから。兄さんを壊してしまいそうだったから。
 ある意味、本能に逆らった欲求とも言えるが、現状に不満は無いのだ。俺は兄さんの事を好きで、求めて。兄さんもそれに応えてくれるという事実が大切なのであって、あとは些細な問題に過ぎない。
「兄さん……」
 余計な事を考えるのも、もどかしい。俺を見上げる赤い瞳には、僅かな戸惑いの色が浮かんでいた。何かを言いたそうにも見えたが、唇を塞いでそれ以上の言葉を奪った。深く口付けて情欲に火を灯す。それから、ただひたすら互いの身体を貪るように、抱き合った。



 それから、同じベッドで……兄さんの腕の中で眠りに落ちる。
 ――そしてまた、夢を見た。遠い昔、自分が兄さんの腕の中に収まる程に小さく、幼かった頃の夢。マントを翻し、堂々とした背中を追った、あの頃の。
 自信に充ち溢れ、不敵な笑みを浮かべて戦地に赴く兄。勇猛果敢で、美しく、戦う為に生まれた存在。その姿は、国旗にも記されている、黒鷲を思わせた。
 自由で奔放で……けれど俺には優しく温かった兄に。幼い頃から憧れていた、大好きな兄さんに。



 夢現のまどろみの中で感じたのは、初めてこの想いを自覚した時の物に似ていた。



 二人で向かい合って他愛無い話をしながら摂る、いつもと変わらない朝食。今日も兄さんは上機嫌に笑っている。
「で、あの坊ちゃんが――」
 俺の知らない、兄さんの話をしながら。兄さんは変わった。そしてこれからも変わっていくのだろう。長い時間の中で、少しずつ。
 けれど、繋ぎとめてしまったら、兄では無くなる。
 俺の知っている兄では。みんなの知っている兄では。
「……」
 ――仮に、壊してしまえば、
「…………」
 俺だけが知っている事に、
「…………」
 なるのだろうか?
「……ヴェスト?」
 口元に薄く浮かんだ笑みに、兄さんは怪訝そうに首を傾げている。
 ――矛盾している。あれは現実味のない夢だ。ひどく、現実味のない……。
「兄さん」
 呼び掛け、俺は一度口を閉じた。それから精一杯の微笑を浮かべ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 ――愛している、と。
作品名:現の夢 作家名:片桐.