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ココアとホストとハンカチと。

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誕生日は幸せな日なんて、誰が決めたんだろう。
誕生日はおめでたい日なんて、何で信じてたんだろう。



『っ…なんでっ……』



こんなにも、こんなにも、瞳から零れる涙は冷たくて哀しいのに。









[ ココアとホストとハンカチと。]









―――別れよう。

そう言われたのは、数時間前の出来事。
誕生日を明日に控えた、幸せなデートのひと時。
そのはずだった。

大学の頃から付き合っている彼。
結婚だって考えて、貯金もしてきた。
彼も同じ気持ちだとそう信じていた。

彼との幸せな未来があるならと、
上司からの嫌味やセクハラにだって耐えてきたし、
会いたい気持ちを我慢して残業や休日出勤だってしてきた。

それなのに。



『なんれよぉ~!!』



ビールのジョッキをテーブルにダンッと叩きつける。
周りで機嫌良さそうにお酒を呑んでいたおじさんたちまでもが
驚いて見開いた目で私のことを見ていた。



『見せもんじゃないってーのぉ!
 そーんなに彼氏にフラれた女が珍しいかよぉー
 同情すんなら男くれー!男ぉー!!』



お酒なんて、全然強くない。
ビールを呑んだのは初めて飲んで不味いと認識した時以来だ。
それでも、呑まなきゃやってられなかった。

明日が仕事だとか、きちんと家に帰れるかとか、
何だかすべてがどうでもよかった。
どうせ、明日が来たって、楽しいことなんて何にもない。



『あーあー、生きてたってつまーんなーい!』



呑みすぎだとお店から追い出されて、
そのまま当てもなくふわふわと歩き続ける。
なんだかすごく良い気分だった。

気付けば足を踏み入れたこともない場所に来ていた。
道の前後左右から賑やかな音楽が聞こえてきて、
ネオンの灯りが妙にキラキラと輝いて見える。



「おねーさん!随分出来上がっちゃってるねー。
 どう?このままもうちょっといい気分になってかない?」

『んんー…?』



何だか、調子の良さそうな男だった。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
冷静な頭で考えれば、明らかに怪しい商売の人だ。

あくまで冷静な頭で考えれば、だ。
今の私は、そんなもの持ち合わせていない。



「ねーねーいいでしょー?
 うちの店、いい男いーっぱいいるからさ!
 ね?ちょっと寄っていかない?
 おねーさん美人さんだから特別にサービスしちゃおっかなー」

『いいおとこ………』



自然と呟いていた。
そう言えば別れ際に彼が言っていた気がする。

"お前ならすぐにいい男が見つかるよ"

ぼんやりとした頭で考える。
この人についていったら、そのいい男が見つかるんだろうか。
あいつなんかより、もっと、もっと、私を大切にしてくれる人。



「そうそう、いい男!
 だからね!ほら、行っちゃいましょおねーさん!」



うん、と頷きそうだった。

頭のどこかでついていってはいけないとわかっていても、
何もかも忘れて騒いで遊んで全部消し去りたかった。

男の手が、私の手を取ろうとしていた。