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ココアとホストとハンカチと。

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「やっと見つけた。」



横から伸びてきた別の手が、私の手を捕える。
驚いて、私も店の男もその方向を見た。



「探しましたよ、姫。」



にっこり笑って私の手を取っているのは、
青いシャツに白のスーツを纏った黒髪の男の人だった。

誰、と尋ねようとした私の言葉を掻き消すかのように、
白いスーツの男の人が言葉を重ねる。



「すみません。うちのお店の大事なお嬢様なんですが、
 どうやら今日は飲みすぎてしまったみたいで…。
 心配になって追いかけてきたんですが、いやぁ助かりました。
 助けて下さって、ありがとうございます。」

「え?あ、いや…」



何が何だかよくわからなかった。
服装から察するに、多分、この人も同業者だ。
つまり、ホスト。

でも、私はこの人のことなんて知らないし、
そもそも、ホストクラブにだって行ったことはない。
お酒で記憶が飛んでしまっているわけでもない。

疑問を口にしようとすると、
話を合わせてとでも言うようにアイコンタクトされた。
不思議と悪い人には見えなくて、私はそのまま口を閉ざした。



「姫は僕が送って行きますね。
 親切にしてくださって、本当にありがとうございました。」



そう言うと、私の手を取ったまま歩き出す。
店の男は曖昧な笑みを浮かべたままその場に立ち尽くしていた。
わけもわからず、私は白いスーツの人に着いていく。

振り切って逃げることもできたのに、
握ってくれている手の温かさが、何故かそうさせてはくれなかった。



『あ、の………』



暫く歩いたところで問いかける。
相変わらず賑やかな音は聞こえてくるものの、
辺りは少し落ち着いた佇まいの店が増えてきていた。



「あっ、すみません!
 放っておけなくてつい連れてきちゃって…」



慌てたように手を放す。
さっきは随分しっかりした人に見えていたのに、
落ち着きがなさそうにしている様は何だか少し可愛く見えた。

少し時間が経ったせいか酔いは醒めてきていて、
抜け切ってはいないものの幾分かマシになっていた。



「話を合わせてくれてありがとうございました。
 お嬢さん、こういったところは不慣れですよね?
 時々あるんです。そういうお嬢さんを騙す悪いお店が。」

『………』

「あ、もしかして僕のことも疑ってますか?」



私が答えなかったことで不安になったのか、
苦笑しながら顔を覗き込まれる。
心を落ち着かせる、優しい眼差しと心地の良い声だった。



『どうして、助けてくれたんですか?』

「言ったでしょう?放っておけなかったんです。
 僕たちの仕事はお嬢様方を喜ばせることであって、
 決して悲しませることじゃありませんから。
 …なんて、ホストが言っても説得力ないでしょうけど。」



そう言って、自嘲気味に笑う。
さっき離れた指先が、そっと私の目元に触れた。



「それでも、見過ごせなかったんです。
 ふらふらになるぐらい酔っぱらって泣き腫らした顔をしたあなたに、
 これ以上、悲しい思いをしてほしくなかった。」

『っ………』



熱を持った瞼に、ホストの彼の冷たい指先が気持ち良かった。
あんなに泣いたはずなのに、また溢れてきそうになる。



「ああ、ごめんなさい!
 泣かないで…っていうのは無理ですよね…
 あっ、そうだ、とりあえず、僕のお店に来てくれませんか?
 僕で良ければ、お話聞きますから………って
 これじゃさっきのお店の人と同じですよね…
 あ、でも、絶対に悪いようにはしないので、とりあえず落ち着くまで、ね?」



優しかったり慌てたり落ち込んだり、忙しい人だ。
それでもやっぱり悪い人には思えなくて、私は素直に頷いた。

連れられて辿り着いたのは、オシャレで落ち着いた外観のお店だった。
Club Hiwaily*2とプレートに刻まれたその店に入ると、
彼は入口付近に立っていた従業員らしき人に何かを耳打ちした。

私の元へと戻ってくると、少し奥まった席に案内された。
お店の中は照明でキラキラと眩しかったけれど、
私が通された席は少し薄暗くなっていて
泣き腫らした顔を思いっきり見られずに済むと思うと少しだけ安心した。

けれど、ここはホストクラブだ。
勝手がわからないし、私の断片的な知識だと
お酒を少し頼むだけでやたら高額を請求される世界。

誘われるがままについてきたものの
何か頼まなければいけないのかとそわそわしていると、
さっき入り口で何かを頼まれていた人が
おしぼりと一緒に冷えたタオルとココアを持ってきてくれた。

ウェイターと思しきその人は、
眼鏡の奥の瞳を細めてにっこりと笑いかけてくれる。



「外は寒かったでしょう。飲むと温まりますよ。」



まさか、ホストクラブでココアが出てくるとは思いもしなかった。
驚いて呆然とカップを見つめていると、
笑い声とともに優しい声が降ってきた。



「まずはそれでも飲んで、落ち着いてください。
 あと、腫れてしまうといけませんからね。
 そのタオルで目を冷やすといいですよ。
 あ…申し遅れました。僕はそ~まと言います。」



そ~まさん、と心の中で彼の名前を繰り返し、カップに口をつける。
ココアが喉を通ると、じんわりと温かさが体に沁み込んでいった。
冷えた指先にもだんだんと感覚が戻っていく。

冷静な思考回路も戻ってきて、
数時間前に起きた出来事も、頭の中によみがえってくる。

苦い気持ちが心の奥底から溢れてくるみたいになって、
冷えたタオルをぎゅっと目に押し付けた。
ひんやりとしたその冷たさの中に、私の感情は吸い込まれていった。