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ありえねぇ 6話目 前編

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4.



 以前新羅が言っていた。
【妖刀が宿主を変える時、それは元の主の死を意味している】と。
 帝人を切ったのが彼女で無かった場合、その時は覚悟がいるって。

 そんな事ありえないと、自分はさっさと考えから除外してしまった。
 それなのに、これは何だ!!

(杏里ちゃん、杏里ちゃん、杏里ちゃん!! ああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)

 使役した影で瓶を手繰り寄せ、震える己が腕に取り戻した彼女を掲げ見る。
 街燈の青白い光に照らされている、瞳を閉じ、ホルマリンの液の中でゆらゆら揺れる彼女の大切な友人の首は、見間違えようが無い程死んでいる。

 人は首だけになったら生きていけない。
 それは当たり前で、誰だって知っている世の中の常識。
 けれど、けれど!!
 【帝人の首】のような例外が身近にいるのだ。彼女ももしかしてと思って何が悪い!!

(何で、何でこんな事に!?)

 彼女はセルティにとって、初めての女友達なのだ。
 哀しいなんてもんじゃない、胸が潰れそうだ。
 もし今の身に顔があったら、声も涙も枯れるまで泣き喚いた筈。
 諦めきれる訳がない。それに。

(……誰が杏里ちゃんをこんな目に合わせた……?)

 首だけにされるなんて。しかもサンプル? ふざけんな。
 誰が薄幸な彼女を、こんな惨い様にして殺した?
 瓶を持つ手が震えてくる。
 己を取り巻く蠢く影も、彼女の心の機微に添いうねりを増す。
 悲しみを凌駕する感情があるとすれば、それは【怒り】

(一体誰が、杏里ちゃんを、こんな残酷な姿にした?)

 許せない許せない許せない許せない許せない。
 手掛かりは、今の所只一つ。
 ネブラに、実験用サンプルとして届けろと依頼したのは誰?
 この首をセルティに持たせたのは誰?
 所持していたのは?

 そう、……臨也だ!!

(あの男は、絶対何か知ってる筈!! 知っていたに決まってる!!)

 とっ捕まえねば。そして吐かせる!!
 けれどその前に、急いで新羅の所まで戻らねばならない。
 あの悪魔のような男相手に、怒りで我を忘れた自分が単身乗り込んで行ったとて、きっとのらりくらりと撒かれるだけ。確実に捕まえたいのなら、あの男と付き合いが一番長い新羅の知恵と、臨也をぶっ殺す事に命を掛けている静雄の破壊的な力が必要だ。
 急がねばならない。
 あの男は情報屋。自分に不利な情報を掴んだら、とっとと何所かに潜伏し、姿をくらましてしまいそうだ。

(あああああ、杏里ちゃん……、杏里ちゃん……!!)

 涙は流せず嗚咽を零す口もない。だが、今蹲ったら最後、この首を抱きしめて延々号泣し、動けなくなってしまうのが判っている。
 胸の中に渦巻く慟哭と怒りが今のセルティの動力源。
 もう、波江など見向きもせず、左腕に瓶を抱きかかえて起こしたバイクに跨り、コシュダ・パワーのエンジンを動かす。

 ……筈だった。

「……なぁ化け物。前々から俺、あんたの事すっげぇ胡散臭ぇと思ってたんだ。だってそうだろ? 帝人も杏里も、てめぇにすっかり心許してたけど、大体てめぇが優しく接してた高校生って帝人と杏里の二人だけだしさ。すっげー不自然だって。何が目的かわかんなかったから俺、泳がせてたけど、今メチャメチャ後悔してる。あ~あ、お前って、やっぱ化け物だ。杏里に姉のように慕われて、信頼させるだけさせといてさ、よくもこんな酷ぇ事、しやがって……」

 何時もの明るい声。口元は笑っているけれど、ひんやり凍土の冷気が漂う。
 彼女のバイクの真正面に、紀田正臣がいた。
 彼は仁王立ち、冷たい蛇のように琥珀色の目を眇め、セルティを睥睨する。

「あんた、首をもう20年も池袋で探してたんだってな。帝人と杏里から聞いてたよ、俺。最初っから杏里の首を狙ってたのか? クソデュラハン」
(違う!!)

 叫びたいのに口は無く、首を横に振りたいのにネコ耳ヘルメットも無い。

「来良総合病院でもさ、あんたここん所物欲しげにちょくちょく病院の外を徘徊してたってな。見張りのパシリ(黄巾賊)が結構目撃してたんだよ。狙いは帝人の首か? 残念だったな、警備員多すぎて」
(違う!! 違う私は!!)

 PDAは壊れてしまった。
 只でさえ聞く耳持たない相手に、身振り手振りの弁解は無理。
 
「俺達の杏里をてめぇは殺した。俺は絶対に、黒バイク……、てめぇを赦さない。さぁ、その首、俺達の杏里を、とっとと俺に返せよ」

 薄氷が脆く割れ、粉々になるような音が鳴り響く。
 と同時に、紀田を取り巻く雰囲気が、がらりと豹変する。

 日本特有のかぐろく禍々しい良くない気配に、セルティの警戒がMAXだ。
 紀田がこちらに見せるように向ける左中指にある銀の指輪が、赤黒い光を放つ。
 そして彼の左手の平から、ゆっくりと古めかしい刀の持ち手部分が具現化する。

 それは人命を刈って刈って刈りまくり、とうとう九十九神となったあの妖刀。
 人類を愛し、愛しすぎて、より多くを愛する力を欲し、平和島静雄の化け物じみた力を求めたアヤカシ。
 しかもその刀はかつて、セルティの首を切り取り、盗む為に使われた。

 セルティが見間違える筈無かった。

「死ねよ、化け物」

くつくつと喉を鳴らしながら、妖刀【罪歌】を引き抜く紀田の瞳は、血のような真っ赤に染まっていた。