ありえねぇ 6話目 前編
影を練り上げサイドカーを作っても、波江を其処に押し込める暇も無く、逆に足場に使われて紀田が駆け上がり、セルティの背中に痛烈な飛び蹴りを決めてくるし。
(うわっ!!)
セルティが跨っているのだ。紀田の強烈な蹴りに押され、彼女の体が傾げば、バイクだって道連れだ。
転倒した途端、セルティの集中が一瞬途切れ、ネコ耳ヘルメット、波江、サイドカーも全て、一度に地面へダイブする嵌めになった。
それは、勿論後部座席に影でくくりつけていた、仕事の積荷も同様で。
影のロープが霧散した途端、臨也から預かったアタッシュケースも、引力に従って地面に落下した。
(ああああああああ、やばい!! 二億円のサンプルが!!)
しかも最悪な事に、セルティはアタッシュケースの鍵を慌てていた為、閉め忘れていたようだ。
地面に叩きつけられた衝撃でケースの蓋がパコンと間抜けな音と同時に開き、黒いビロードに包まれていたサンプルが、勢いよく空に飛び出して落下した。
割れるか!! っと、一瞬ヒヤッとしたけれど、ホルマリンの瓶は強化ガラス仕様のようで、恐れていた事態にならず済む。
だが、落ちた場所は緩やかな傾斜になっていたようだ。
預かったサンプル瓶は筒型で、割れなかったのは僥倖だけど、ゴロゴロと音を立てて緩やかに転がっていく訳で、バイクの下敷きになっていたセルティは出遅れた。
黒いビロードの包み布が、緩やかな瓶の回転によって解けていく。
標本を入れた、大きな透明な瓶。
街燈の青白光を浴び、液体の中で、ゆらゆらと揺れている。
それは、漆黒の髪をしたセルティの知己――――――
(嘘だうそだうそだうそだうそだうそだ嘘だぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
己が目の当たりにした残酷な現実に、表情を表す顔を持たず、口の無い彼女はただ己の心の中で叫び続けるしかできなくて。
「ああああああああ、杏里いぃぃぃぃぃぃぃ!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
杏里の生首が入った瓶を見つけた瞬間。
紀田の、絶望しきった獣の咆哮が、池袋の夜闇に響き渡った。
作品名:ありえねぇ 6話目 前編 作家名:みかる