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春動く

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寒暖の差の激しい日を何度か繰り返すと、日差しはすっかり春めいて、毎日穏やかな晴れの日が続くようになった。
「竹谷先輩、こっちは無事に越冬したようです」
飼育小屋に植えてある低木の枝を観察していた三治郎が、八左ヱ門を振り返り嬉しそうにそう報告した。
「そうか。じゃあここは問題ないな。池の蛙たちと鳥小屋の様子を見に行こう」
「はい」
今日もたくさん卵を産んでますかね、と三治郎が言う。鳥小屋の鶏は毎朝卵を産み落とす。それを集めて食堂に持って行くのも生物委員の役目だった。
「…最近、雄鶏が増えてきてるから、可哀想だが何匹か絞めないといけないかもなぁ」
取り忘れた卵が孵化し、育ってしまうと鳥小屋の雌雄の割合が崩れてしまう。卵を取るにはたくさんの雌鶏の中に何匹かの雄鶏を紛れ込ませておけば良いのだ。
「エリンギ城のお殿様が雄鳥を欲しがっているという話を、聞いたことがあります。城内で放し飼いするとか」
「そうか。では学園長にお願いして、エリンギ城に連絡をして頂こう」
殺さないで済む方法を見つけて八左ヱ門が笑うと、三治郎もそれが嬉しかったようににこりと笑った。




「どうして落ち込んでるんだ」
目の前で、まるで敵を見るような目をして焼き魚を睨んでいる八左ヱ門を見て、兵助は呆れた声を上げた。
 朝は上機嫌で鶏の話をしていたはずが、夕方になると打って変わったように暗い顔をしている。
「鶏、貰い手見つかったんだろ?」
確かに朝はそういう話だったはずだ。
「それが、エリンギ城のお殿様が欲しがってたのは尾長鳥だったんだそうだ」
「しかもそっちの方がかっこいいかららしい」
向かいに座って飯を食べていた勘右衛門と雷蔵が口々に言った。
「可哀想な雄鶏達は明日になったら首を…」
三郎が箸を使って器用に焼き魚の首を捻る。ぽきりと小さな音がして、魚の首が胴体から折れて外れた。食べ物で遊んでいると怒られるので、三郎はまたそれを丁寧に元の位置へと戻した。
 ははぁ、それで落ち込んでいるのか…。
 兵助は沢庵をぽりと齧り、八左ヱ門の横顔を見る。
「無駄に殺すのが嫌なら、孫兵の蛇の餌にしてやれば良い」
三郎がそう言って魚の身を口に放り込む。
 三郎の言うことはいつも合理的で、なるほどそれならば無駄にはならないと兵助が思っていると、雷蔵が眉を顰めて「可哀想だ」と言う。
「いつも餌にされているねずみ達が良くて、鶏がいけないというのは理に適わない」
三郎は雷蔵を見てそう応えると、八左ヱ門に向き直った。
「そうだろう、八左ヱ門」
問われて、八左ヱ門はうんともすんとも言わず、ただじっと魚の顔を見つめている。
 兵助や三郎にとってはただの鶏でも、八左ヱ門にとっては毎日世話をして可愛がっているものだ。そう簡単に気持ちの整理はつかないだろう。
 兵助は溜息を吐いてちらりと勘右衛門を見た。勘右衛門は困ったように雷蔵を、雷蔵は少し責めるような顔をして三郎を、見る。
 五人の間にしんと落ちた沈黙に、通りかかっていく他の生徒達が物珍しそうに視線を投げてくる。
「…よし、わかった」
不意に三郎が声を上げた。
「皆で学園長先生の部屋に行こう」
右手を挙げ三郎が出した提案に、同じように右手を挙げた勘右衛門が「それはいいが、何をしに」と訊く。
「もう一度エリンギ城のお殿様に掛け合ってもらうんだよ。それに城はエリンギ城だけじゃない。敵の進入を知らせる雄鶏はどこの城でも重宝されるはずだ」
いざというときの兵糧にもなるしな、と三郎が付け加えたので、雷蔵が「一言多いんだよ、三郎は」と溜息を吐いた。




五人が学園長室を訪れると部屋には土井半助もいて、「入りなさい」と柔らかな声で言った。学園長はまるでそうなることが分かっていたかのように菓子を用意して待っていた。三郎を先頭に部屋へ入る。兵助は皆の中央に座らされた八左ヱ門の脇腹を肘で突いた。居心地が悪そうに八左ヱ門が膝を揺らし、コホンとわざとらしい咳をひとつする。
「…学園長先生、実は学園の鶏のことなのですが」
これまで大事に育ててきたものを殺してしまうのはあまりにも可哀想なので、どうにか貰い手を見つけてもらえないだろうか、と八左ヱ門が訴えるのを待って、三郎が「学園長先生ほどのお方ならばお知り合いも多いでしょう」と笑んだ。
「ひとつ、文を送って引き取り手を捜しては頂けませんか」
お願いします、と五人揃って頭を下げる。すると半助が笑いながら「お前たち、顔を上げろ」と言った。そろりと視線を上げてみれば、学園長も笑っていた。
「実は私もその話をするためにここに来ていたのだ」
「…土井先生も?」
「虎若と三治郎から泣きつかれてな。先生鶏を殺さないで下さいと大騒ぎして、終いには一年は組総出で大合唱だ」
そうなるともうたまらない。とにかく一度話をしてみるからと、どうにか宥めてきたのだと言う。
 虎若と三治郎は生物委員会の一年生だ。ちらりと八左ヱ門を見ると、驚いたような顔をしていた。その横顔を見たら、なんだか嬉しくなって「良かったな」と囁いた兵助に、八左ヱ門が「うん」と頷く。
「今一度、エリンギ城に文を送ってみよう。それとマイタケ城と、麓の神社にも。他の城でも欲しがっているところがあるかも知れん」
可愛い生徒の頼みじゃ断れないからの、と学園長は声を上げ笑った。
「ありがとうございます!」
八左ヱ門が、畳に額が付きそうなほど頭を垂れて礼を述べる。慌てて兵助も頭を下げた。三郎も雷蔵も勘右衛門も、同じように頭を下げ口々に御礼を言った。
 良かった、これで八左ヱ門が悲しまないで済むなぁと兵助は密かに息を吐く。
 半助が一人一人をゆっくりと見回し、最後に静かな声で八左ヱ門の名前を呼んだ。
「八左ヱ門」
「はい」
「お前の優しさは長所でもあり短所でもある。その優しさが、いつかお前の命を奪うことになるかも知れない。私はそれが心配だよ」
「………」
八左ヱ門が黙り、誰も何も言い出さなかった。
 勘右衛門と雷蔵は緊張したように、三郎は表情を無くして畳の縁をじっと見つめている。兵助はそっと八左ヱ門の横顔を盗み見た。だが俯けた顔には髪がかかり、表情が良く見えなかった。
 暫くして、半助が「顔を上げて。後は私達に任せて、部屋に戻りなさい」と言った。
「…失礼致しました」
学園長室を出ると、空はもう藍色に染まっていた。低く昇り出た月がぼんやりと光っている。昼は暖かかった風が、少し冷たくなっていた。
 庵のある離れから廊下を渡り長屋へ向かう途中、勘右衛門が不意に立ち止まった。どうしたのだと振り返ると、「俺は」と思いつめたような顔をして言う。
「俺は八左ヱ門の優しいとこ、好きだよ」
勘右衛門が言ったその言葉に、何を言い出すのかと思えばと三郎が呟いた。雷蔵が思わずといったように笑った。兵助は立ち止まったままでいる勘右衛門の肩を抱いて引き寄せた。
「…馬鹿だなぁ、勘右衛門。そんなの、みんな一緒だ」
でなきゃここにいない、と雷蔵と三郎が声を揃える。
「八左ヱ門が、邪魔になったからと言って平気で鶏の首を捻るような奴なら、友達になってない。だろ」
三郎が言って、八左ヱ門の頭を叩いた。八左ヱ門が、何かを言おうとして口を開いたその時、長屋の廊下を虎若と三治郎が駆けてきた。
作品名:春動く 作家名:aocrot