鳥籠
照柿色の夕焼けが城郭を包んでいく。白壁が血を思わせるような朱色に染まるその僅かな時間を、忍としてはまだ未熟で浅はかな若い者は、気味が悪い色だと口を揃えて言う。
この世にこれ以上素晴しい色があるものか。あるとすればそれは、何も見出すことの出来ない暗闇のその色に違いない。
昆奈門は手で弄んでいた苦無を脚絆の中へ仕舞うと、背後に控えた気配に「なんだ」と声を掛けた。板張りの床へと長く伸びた西日さえも届くことの無い闇の中へ、山本が現れる。
「失礼致します。薬が仕上がりました」
そう告げると山本は闇の中から膝を擦るようにして昆奈門の横へ座り、脇に抱えていた風呂敷包みを昆奈門の前へ差し出した。包みを開くと、猫の形をした小さな香炉と、蛤の貝殻で作られた薬入れがあった。
「注文通りに作っただろうね」
「全て仰せのままに」
「ならばいいが。この男は薬物には耐性がある。そこらのものでは効かないだろうからな」
昆奈門はそう言って唇を歪めた。山本がまた下がって、闇の中へ入っていく。
「手伝ってくれないのか」
姿を消した山本へ、振り向かないまま問い掛ける。山本が小さく笑ったような気配がした。
「仕事には私情を挟まぬこと。それに背いて持ち帰ったものに私まで手を焼けば、年若い者に笑われるでしょう。私は持ち場に戻ります。組頭の抜けた穴を埋めねばなりませんので」
普段はどちらかといえば無口な山本が珍しく饒舌にそんなことを言い、気配を消した。
「…怒っているな」
肩を竦め、溜息を吐く。 高坂や諸泉あたりから苦情でも言われているのだろう。
「私情、ねぇ…」
呟いて、目の前に横たわる男を見る。
この場所に横たえてから半日、まだ照星は目を覚ます気配を見せない。
元より日に焼けることのない白い肌は、それを通り越して青褪めている。血の気の引いた顔にぽてりとある赤い唇だけが際立って、禍々しく見えた。
体に掛けてある布団を剥ぎ、傷口を覆う晒に触れる。晒に滲み出し、乾かない血に指先が染まった。まだ僅かに出血が続いているのだろう。晒を解き、ぽかりと開いた傷口を覗き込む。避けた皮膚は再生の兆しを見せていたが、穴の奥からは血が滲み出していた。
山本の持ってきた薬を指に取り、傷口へ塗り込む。そして血を吸った布を当て、新しい晒で縛った。
「この程度の怪我に命をくれてやるつもりならば、その心臓が止まる前に私がお前の息の根を止めてやろうか」
まるで死人のような寝顔にそう語りかけた。
この手で照星の息の根を止めることが出来る。それはひどく甘美な誘惑に満ちていた。
「しかし、まだ殺すには惜しい…」