be my baby
そして再びAM6:00
ピリピリピリピリと耳障りな音を立て、部屋に目覚ましのベルが鳴り響く。
腕が重い。ああ、そうだ…昨日は音也に腕枕をして寝たから…。
反対の腕を動かし、枕元に置いていた目覚ましを叩いて止めた。
目の前にある音也の赤くて柔らかな髪。だがその位置が昨日よりも高く見えて、目を瞬かせる。布団の上から音也の体を撫でれば、もうそれは小さな子供の身体ではなかった。足の爪先に当たる、音也の裸足の甲。足の間に入り込んでくる膝の感触に、体を起こして確認する。
子供じゃない…。元に戻っている。
隣で寝息を立てている音也は、確かに元通りの音也だった。
子供の時よりもいくらかシャープになった頬のラインを撫でる。指先で唇に触れると、音也が「うん」と唸って目を開けた。
「…トキヤ…?」
いつもと同じ、音也の声。耳に触れる低音に、胸がじんとした。
「…はい」
「おはよぉ…今何時…ていうか、俺、トキヤと一緒に寝た?」
「ええ。昨日のことを覚えていませんか?」
「ううん…あ、もしかして昨日、俺何かした…?酔っ払って暴れたとか」
酒も飲まない癖にそんなことを言うので「ミルクでですか?」と笑う。音也は不思議そうな顔をして起き上がると、今度は顔を赤くして布団を手繰り寄せた。
「…ねぇねぇ、俺なんでこんな格好してんのかな。なんで下着も着けてないの」
腰の辺りまでをやっと覆う長さのTシャツ一枚でいることに気付いたのだろう。どこか疑いを孕んだ目でトキヤを見るので、慌てて「違います」と手を振ると、痺れていた腕がじりと震えた。
「それはあなたが…。何故そんな目で私を見るんですか。言っておきますが、仕方の無い事態だったのです。あなたは覚えてないでしょうが」
溜息を吐いてそう言う。音也はそれを聞いて心配そうな顔をした。
「俺、もしかしてトキヤに迷惑かけた?」
「迷惑…ではありませんでしたね。良い経験になりました」
「何があったのか教えてくれないの?」
「知らない方が良いこともありますよ、音也」
布団を出て、洗濯機の中から音也の服を取り出す。服のサイズも元の大きさに戻ってしまっていて、一抹の寂しさを感じた。
子供の音也は、あれはあれで可愛かったと、夜のことを思い出す。
椅子の上に重ねて置かれたままの枕、ベッドの上の犬のぬいぐるみ、床に置かれた仕掛け絵本とCD…。
それらを見ていて、ふと、トキヤはどうして音也が子供になってしまったのか分かったような気がした。
音也が部屋を散らかしたり、騒いだり、服を汚して帰ってきたりした時、トキヤはいつも「子供じゃないんですから」と音也を叱った。音也がトキヤに甘えてきた時も、一緒に寝ようと誘ってきた時も。いつも呆れて、子供じゃないのに、と言った。
一昨日の夜も。子供じゃないのだから一人で先に寝て下さい、と。音也はだいぶ不貞腐れていた。子供だったら良いのかと、そんなことを言っていた気がする。
子供だったらトキヤに甘えても怒られない。一緒に寝てもらえると、そう考えたのかも知れない。
けれど、子供のままではキスも出来ない。
だから元に戻った。
「………」
そこまで考えて、トキヤは息を吐いた。
音也は元に戻ったのだ。今更原因を考えても仕方の無いことだ。とりあえず後で真斗のところへは事情を説明しに行かねばならない。
音也の服を持ってベッドへ戻ると、音也は布団にくるまるようにしてまた寝ていた。
「音也…起きてください」
そう囁いて、布団を引っ張り音也の顔を覗き込む。子供の時と同じ大きな目を輝かせて、音也がにこりと笑った。
「キスをしてくれたら、起きるよ」
「………」
子供じゃないのだから、とは言わなかった。その代わり、音也の体を抱き起こして口付けると、トキヤは告げた。
「あなたのことが好きですよ、音也…」
例えどんな姿をしていたって、行かないでと泣くあなたも、キスをしてと甘えるあなたも、全て私の大好きな音也なのですから…。
(2012年01月08日)
作品名:be my baby 作家名:aocrot