I can't ever get enough of you
仕事も、授業も何も無い一日。目覚まし時計などかけていないのに朝七時に目が覚める。
AM7:00 Kiss
薄く開いたカーテンの隙間から朝日が部屋に差し込んでいる。細く長く伸びる光は途中でぼんやりと滲み、部屋の奥まで届くことはなく薄暗闇の中へ溶けていく。トキヤはゆっくりと瞬きをすると起き上がり、ベッドから降りた。
向かいのベッドで音也が布団に抱きつくようにして寝ている。昨夜遅くまで翔とゲームをしていたので、まだ暫くは起きないだろう。
手を伸ばし、そっと音也の髪に触れる。
音也が起きている時はゆっくりと顔を見るような余裕はない。視線が合えば音也は遠くにいても飛んで来たし、トキヤが音也の顔を見ていた理由を知りたがった。別に理由など無いのだと言えば不思議そうな顔をする。いつも話はそこで終わらせてしまい、ただ音也の顔を見たかっただけなのだとは言わないけれど。
柔らかな頬にキスをした。
毎朝繰り返している口付けを、音也は知らない。
AM8:00 Kiss Kiss Kiss
シャワーを浴びた後、コーヒーを淹れている間に髪を乾かした。洗面所を出ると、いつの間に起きていたのか、音也がまだ寝惚けているような顔をしてテーブルについていた。いつも音也が座っている椅子ではなく、トキヤの椅子に座り頬杖をついてぼんやりしていた顔が、トキヤを見つけにこりと笑みを浮かべる。
「おはよお、トキヤ」
「おはようございます。そこは私の席ですよ」
「知ってるよ」
音也はそう応えて頬杖を崩し、ぺたりとテーブルに頬をつける。ねぇねぇとトキヤを手招いて悪戯を思いついた子供のような顔をして笑うので、溜息を吐いて音也の手を掴んだ。熱い指がトキヤの指に絡んで、ぐいと引き寄せる。ねぇねぇ、ともう一度言った音也の鼻にキスをした。音也が笑う。
「それじゃあ目が覚めないよ」
そう言って伸び上がってきた身体を抱きとめ、唇を重ねた。柔らかな感触を押し潰すように一度、それから唇の端を食むように音を立てて、一度。
「…目は覚めましたね?」
音也の肩を離しながら、そう訊いた。音也は少しだけ首を傾げて、じっとトキヤを見つめた。
「なんか…」
ぽつりと呟いて、口を噤む。
「なんか、何ですか」
音也らしくない歯切れの悪さにその先を促せば、「なんでもない」と言って音也は自分の席に戻っていった。
音也が自分の言葉を隠すことはあまり無い。音也が伝えかけてやめた言葉が気にならないわけではなかったが、問い質すようなことでもないので、その話を終わりにする。
「朝食の前に顔を洗ってきなさい。目玉焼きは固めが良いですか?」
「両目にして」
「その片目ではありませんが、まぁ良いでしょう…」
AM10:00 Sing a Song
食事を終え、後片付けを二人でした。音也が鼻歌交じりに洗った皿を、トキヤが拭いて棚に戻す。片付けくらい一人でやるよと音也は言うが、一度全てを任せたら食器棚の中がひどいことになったので、それからは一緒にやるようにしている。
大きさの同じ皿を重ねて積んでいく。グラスもカップも、方向を合わせて、種類ごとに並べてある。
取っ手の向きが揃っていないとどうも気持ちが悪いトキヤとは違い、音也はとにかく収まれば良いという性格だ。
神経質に食器を並べるトキヤを見て、泡だらけの手を振って「そんなの適当で良いじゃん」などと言うので、「あなたは適当すぎるんです」と叱ると、小さなブーイングを投げて寄越した。
片付けの後はフローリングに座り込んでCDを広げ始めた音也を横目に、テーブルの上に与えられた課題曲の譜面を広げながらコーヒーを飲んだ。
音也が時々顔を上げて、「このCDなんだけどさ」と話しかけてくる。三度に一度くらい視線をやって話を聞いてやると、音也は嬉しそうに笑って特に気に入っているフレーズを歌って聞かせた。
音楽の話をする時、音也は本当に楽しそうな顔をする。歌うのが好きで好きでたまらないと、そんな顔をして。
少し拙い英語で、愛の言葉を口ずさむ。ただ真っ直ぐにトキヤを見つめて。
歌っている歌詞の意味が分かっているのかと思いながら、トキヤは視線を逸らして、音也の歌に耳を傾けた。
AM12:00 As you like
ぽつぽつと歌う音也の声を聴きながら見るともなしに譜面を見ていると、いつの間にか十二時を過ぎていた。
「私はそろそろ昼食にしますが、あなたはどうしますか」
楽譜を折りたたんでしまいながら、フローリングに座り込んでいる音也に訊く。音也は手に持っていたCDを置いて立ち上がると、大きく伸びをした。
「トキヤと一緒に食べるよ」
そう言って、散らばっているCDを飛び越えてきた音也の足を、手を上げて止める。
「CDを片付けてください。そのままでは落ち着きません」
足元を指差して言うと、音也は「えー」と悲しげな声を上げたが、トキヤの顔を見て渋々といったようにCDを集め始めた。
「別にCDが散らばってたくらいで死なないのに」
キッチンに向かうトキヤの背中に恨めしそうにそう言った声は、一分もしないうちに鼻歌に変わる。きっとまた気に入っている歌を見つけたのだろう。
冷蔵庫を開けると、端に追いやられたピーマンが目に付いた。確かに昨日見た時は棚の中央の方へ置いてあったはずのそれを、端へ追いやったのは音也だろう。
「………」
溜息を吐いて、ピーマンを取り出す。半分だけ残ったにんじんに玉ねぎ、朝の残りのソーセージ。それらを全て細かく刻んで、レンジで解凍した白米と一緒に炒める。塩、胡椒を振って更に炒め、全体が鮮やかに染まるほどのケチャップを混ぜた。出来上がったケチャップライスを皿に盛り付け、オムレツを乗せる。オムレツの表面にナイフを入れて開くと、とろりと半熟の卵が溢れ出してきた。
「音也、テーブルに運んで下さい」
二人分のオムライスを仕上げ、キッチンの外へ声を掛ける。音也がひょこりと顔を出して「美味しそう」と歓声を上げた。
まだピーマンの存在には気付いていないようだ。
黙って、音也の手に皿を乗せる。音也はそれをテーブルに運んで、またキッチンに戻ってくると、冷蔵庫からケチャップを取り出した。アイスティーを作っていたトキヤの顔を覗き込み、「ケチャップかけていい?」と訊いてくる。「好きにしなさい」と答えると、音也は「やった」と言ってキッチンを出ていった。
アイスティーをふたつ作り、音也のグラスにミルクとシロップを入れ掻き混ぜる。それを持って音也の待つテーブルについて、トキヤは溜息を吐いた。
トキヤのオムライスには大きなハートと「ダイスキ」というケチャップの文字が書かれていた。
「どう?」
得意げな顔をして音也が訊いてくるので、仕方なく笑った。
「とても……字が下手ですね」
PM2:00 Can you feel
オムライスに入れたピーマンは音也をひどく悲しませた。細かく刻んであるので味などほとんどしないだろうに、音也はそれを見つけてはスプーンで突きまわしてトキヤに叱られた。
また後片付けを二人でして、トキヤは午前中にあまり進まなかった課題をしようと自分の机に向かった。
AM7:00 Kiss
薄く開いたカーテンの隙間から朝日が部屋に差し込んでいる。細く長く伸びる光は途中でぼんやりと滲み、部屋の奥まで届くことはなく薄暗闇の中へ溶けていく。トキヤはゆっくりと瞬きをすると起き上がり、ベッドから降りた。
向かいのベッドで音也が布団に抱きつくようにして寝ている。昨夜遅くまで翔とゲームをしていたので、まだ暫くは起きないだろう。
手を伸ばし、そっと音也の髪に触れる。
音也が起きている時はゆっくりと顔を見るような余裕はない。視線が合えば音也は遠くにいても飛んで来たし、トキヤが音也の顔を見ていた理由を知りたがった。別に理由など無いのだと言えば不思議そうな顔をする。いつも話はそこで終わらせてしまい、ただ音也の顔を見たかっただけなのだとは言わないけれど。
柔らかな頬にキスをした。
毎朝繰り返している口付けを、音也は知らない。
AM8:00 Kiss Kiss Kiss
シャワーを浴びた後、コーヒーを淹れている間に髪を乾かした。洗面所を出ると、いつの間に起きていたのか、音也がまだ寝惚けているような顔をしてテーブルについていた。いつも音也が座っている椅子ではなく、トキヤの椅子に座り頬杖をついてぼんやりしていた顔が、トキヤを見つけにこりと笑みを浮かべる。
「おはよお、トキヤ」
「おはようございます。そこは私の席ですよ」
「知ってるよ」
音也はそう応えて頬杖を崩し、ぺたりとテーブルに頬をつける。ねぇねぇとトキヤを手招いて悪戯を思いついた子供のような顔をして笑うので、溜息を吐いて音也の手を掴んだ。熱い指がトキヤの指に絡んで、ぐいと引き寄せる。ねぇねぇ、ともう一度言った音也の鼻にキスをした。音也が笑う。
「それじゃあ目が覚めないよ」
そう言って伸び上がってきた身体を抱きとめ、唇を重ねた。柔らかな感触を押し潰すように一度、それから唇の端を食むように音を立てて、一度。
「…目は覚めましたね?」
音也の肩を離しながら、そう訊いた。音也は少しだけ首を傾げて、じっとトキヤを見つめた。
「なんか…」
ぽつりと呟いて、口を噤む。
「なんか、何ですか」
音也らしくない歯切れの悪さにその先を促せば、「なんでもない」と言って音也は自分の席に戻っていった。
音也が自分の言葉を隠すことはあまり無い。音也が伝えかけてやめた言葉が気にならないわけではなかったが、問い質すようなことでもないので、その話を終わりにする。
「朝食の前に顔を洗ってきなさい。目玉焼きは固めが良いですか?」
「両目にして」
「その片目ではありませんが、まぁ良いでしょう…」
AM10:00 Sing a Song
食事を終え、後片付けを二人でした。音也が鼻歌交じりに洗った皿を、トキヤが拭いて棚に戻す。片付けくらい一人でやるよと音也は言うが、一度全てを任せたら食器棚の中がひどいことになったので、それからは一緒にやるようにしている。
大きさの同じ皿を重ねて積んでいく。グラスもカップも、方向を合わせて、種類ごとに並べてある。
取っ手の向きが揃っていないとどうも気持ちが悪いトキヤとは違い、音也はとにかく収まれば良いという性格だ。
神経質に食器を並べるトキヤを見て、泡だらけの手を振って「そんなの適当で良いじゃん」などと言うので、「あなたは適当すぎるんです」と叱ると、小さなブーイングを投げて寄越した。
片付けの後はフローリングに座り込んでCDを広げ始めた音也を横目に、テーブルの上に与えられた課題曲の譜面を広げながらコーヒーを飲んだ。
音也が時々顔を上げて、「このCDなんだけどさ」と話しかけてくる。三度に一度くらい視線をやって話を聞いてやると、音也は嬉しそうに笑って特に気に入っているフレーズを歌って聞かせた。
音楽の話をする時、音也は本当に楽しそうな顔をする。歌うのが好きで好きでたまらないと、そんな顔をして。
少し拙い英語で、愛の言葉を口ずさむ。ただ真っ直ぐにトキヤを見つめて。
歌っている歌詞の意味が分かっているのかと思いながら、トキヤは視線を逸らして、音也の歌に耳を傾けた。
AM12:00 As you like
ぽつぽつと歌う音也の声を聴きながら見るともなしに譜面を見ていると、いつの間にか十二時を過ぎていた。
「私はそろそろ昼食にしますが、あなたはどうしますか」
楽譜を折りたたんでしまいながら、フローリングに座り込んでいる音也に訊く。音也は手に持っていたCDを置いて立ち上がると、大きく伸びをした。
「トキヤと一緒に食べるよ」
そう言って、散らばっているCDを飛び越えてきた音也の足を、手を上げて止める。
「CDを片付けてください。そのままでは落ち着きません」
足元を指差して言うと、音也は「えー」と悲しげな声を上げたが、トキヤの顔を見て渋々といったようにCDを集め始めた。
「別にCDが散らばってたくらいで死なないのに」
キッチンに向かうトキヤの背中に恨めしそうにそう言った声は、一分もしないうちに鼻歌に変わる。きっとまた気に入っている歌を見つけたのだろう。
冷蔵庫を開けると、端に追いやられたピーマンが目に付いた。確かに昨日見た時は棚の中央の方へ置いてあったはずのそれを、端へ追いやったのは音也だろう。
「………」
溜息を吐いて、ピーマンを取り出す。半分だけ残ったにんじんに玉ねぎ、朝の残りのソーセージ。それらを全て細かく刻んで、レンジで解凍した白米と一緒に炒める。塩、胡椒を振って更に炒め、全体が鮮やかに染まるほどのケチャップを混ぜた。出来上がったケチャップライスを皿に盛り付け、オムレツを乗せる。オムレツの表面にナイフを入れて開くと、とろりと半熟の卵が溢れ出してきた。
「音也、テーブルに運んで下さい」
二人分のオムライスを仕上げ、キッチンの外へ声を掛ける。音也がひょこりと顔を出して「美味しそう」と歓声を上げた。
まだピーマンの存在には気付いていないようだ。
黙って、音也の手に皿を乗せる。音也はそれをテーブルに運んで、またキッチンに戻ってくると、冷蔵庫からケチャップを取り出した。アイスティーを作っていたトキヤの顔を覗き込み、「ケチャップかけていい?」と訊いてくる。「好きにしなさい」と答えると、音也は「やった」と言ってキッチンを出ていった。
アイスティーをふたつ作り、音也のグラスにミルクとシロップを入れ掻き混ぜる。それを持って音也の待つテーブルについて、トキヤは溜息を吐いた。
トキヤのオムライスには大きなハートと「ダイスキ」というケチャップの文字が書かれていた。
「どう?」
得意げな顔をして音也が訊いてくるので、仕方なく笑った。
「とても……字が下手ですね」
PM2:00 Can you feel
オムライスに入れたピーマンは音也をひどく悲しませた。細かく刻んであるので味などほとんどしないだろうに、音也はそれを見つけてはスプーンで突きまわしてトキヤに叱られた。
また後片付けを二人でして、トキヤは午前中にあまり進まなかった課題をしようと自分の机に向かった。
作品名:I can't ever get enough of you 作家名:aocrot