Cherish the day
音也の誕生日、翔の提案で音也の部屋を丸ごと改造してパーティー会場を作ることになった。
都合良くか、悪戯好きな社長の気遣いか、誕生日だというのに音也はロケの仕事で、明け方に出かけて行き、三時過ぎまで戻らない予定になっている。そういった理由で、パーティーの準備をする時間は充分にあった。
音也の部屋の合鍵を持っているトキヤが鍵を開け、レンが用意した業者が家具を次々に運び出していった。中身が入ったままのクローゼットや机は全て、パーティーの間だけどこかの倉庫へ保管するらしい。
いつの間にか恒例になっていた仲間内での誕生日パーティーは、回数を重ねるごとにやることが派手になっていく。
空っぽになった部屋の照明をミラーボールに変え、壁や天井を飾りつける。即席のカウンターバーまで設置すると、まるで古いアメリカの映画に出てくるディスコフロアーのようになった。 やりすぎだと感じるこの計画も、音也ならばきっと喜ぶだろう。
音也は記念日を大切にする。友達の誕生日を忘れることはないし、例えばひな祭りや七夕、クリスマスといった季節の行事も大事にしている。自分の誕生日パーティーには毎回大袈裟じゃないかと思うほど喜んで、感極まって泣いたことさえある。
この部屋を見て、どんな顔をするだろうか…。
レンが持ち込んだターンテーブルで回し始めた、音也の好きなミュージック。翔がエアギターを奏で、真斗が腕組みをして笑いながらそれを眺めている。ベランダに繋がっている大きなガラス戸に那月がスプレーで絵を描いていた。ガラスにいくつも咲いていく花と、少々歪なヒヨコを見ていると、ポケットの中で携帯電話が震えた。 液晶に浮かぶ音也の名前。音也には寮に着く前に電話を入れるように言っておいた。音也も皆が何かを企んでいるのは知っていたようで、「なんで」とは訊かなかった。
レンに目配せをして音楽を止めさせ、電話に出る。
「…はい」
『トキヤ?俺。今仕事終わって、帰ってるとこ』
タクシーに乗っているのだろう。寝ていたのかも知れない。声がいつもより少し掠れていた。
『あと十分くらいで着くよ』
「わかりました。気をつけて帰ってきなさい」
『うん。じゃ、後でね』
電話を切って、部屋にいるメンバーを見回す。
「あと十分ほどで着くそうです」
了解、とか、結構早かったな、という応えが戻ってきた。それぞれに仕上げをして、工具やガムテープを箱に仕舞った。その箱を洗面所へ仕舞いに行った翔が、代わりに持ち帰ってきた花束をトキヤの手に押し付けた。
誰が選んだのだろうか。音也の大好きな赤い色で作られた花束。チューリップにガーベラ、レースのようなスプレーカーネーション、ラナンキュラスの丸い蕾。まるで花嫁のブーケのようにラウンド型にされたそれを思わず受け取ってしまってから、トキヤは眉を上げて翔を睨んだ。
「…なんですか」
「お出迎え頼むぜ、王子様」
翔がにやりと笑って、言う。レンが口笛を吹いて囃したが、いつもならばそれに嫌そうな顔をする真斗も笑っていた。
「お願いしますね」
那月と翔に両肩を押され、部屋から押し出される。パタンと仕舞った扉を振り返り、溜息を吐いた。
音也との仲は話してあるので、皆知っている。トキヤとしては本意ではないのだが、音也が隠すのを嫌がったからだ。普段は特別自分からそのことを皆に話すことはないが、こういう場合に妙な気の遣われ方をされると対応に困る。 だが今回は…都合が良いか…。
そっとポケットを押さえ、音也の為に用意してきたプレゼントの存在を確認した。二人きりになったら渡そうと思っていたが、パーティーが始まってしまえばきっと、夜が更けるまで二人きりになれることはないだろうから…。
エントランスに降り、ガラス戸の向こうに見える門を見つめる。風が少し強い。風が吹く度に満開の花を湛えた桜の木が揺れ、薄紅色の花弁をひらひらと散らしていた。
暫くして門の前にタクシーが停まり、後部座席から音也が降りて来た。音也を残しタクシーが走り去っていく。音也は横を向いてタクシーを見送っていたが、やがて振り向き、桜を見上げた。音也の前髪を揺らして吹いた風に目を細め、顔を俯ける。そうして顔を上げて、エントランスにいるトキヤに気付くと驚いたように目を丸くした。声は聞こえてこないが、唇が動いてトキヤの名前を呼んだのが分かった。トキヤに向かって走ってくる音也を、扉を開けて出迎える。音也と一緒に桜の花弁が何枚か吹き込んできた。
「驚いた。待っててくれたんだ」
そう言ってにこりと笑った音也に、背に隠し持っていた花束を差し出した。
「おかえりなさい、音也。お誕生日おめでとうございます」
誕生日なので何かがあるとは予想していただろう。けれどトキヤから花束を渡されるとは思っていなかったらしい。音也は大きな目を見開いて「えっ」と間が抜けた声を上げ、花束とトキヤの顔を交互に見る。
「これは、皆さんからです」
「あ、そうだよね。びっくりした…」
トキヤの言葉に音也は大きく息を吐いて、受け取った花束に鼻を埋めた。
他の誰かが持てば派手に見えるだろうその赤い色も、音也にはとても似合っていた。
「私からは、これを」
ジャケットのポケットからプレゼントを取り出す。手の平に乗る小さなベロアの箱。その外見ですぐに中身は分かっただろう。音也は暫く黙って箱を見つめていたが、「いりませんか?」と訊くと慌てて手を差し出してきた。開いた手の平へ箱を乗せてやる。
「中を見ても良い?」
「ええ、どうぞ」
頷いて、花束を持ってやる。音也がゆっくりと小箱の蓋を掴んだ。中から怖いものでも出てくるような、そんな恐る恐るとした仕草で箱の蓋を全部持ち上げると、音也が声の無い息を吐いた。
中にはシルバーの指輪が入っている。普段使いが出来るように太めのラインのデザインリングだ。仕事の合間に宝石店に通って、音也に似合うものを選んだ。
音也がそっと台座から指輪を外して持ち上げる。外から差し込む光にかざすように顔の前まで持ち上げ、それからふと気付いたように指輪の内側を覗き込んだ。
「これ…」
「四月の誕生石と、あなたの色ですよ」
指輪の内側にはオーダーで、ダイヤモンドとルビーを嵌め込んであった。
トキヤは音也の手から指輪を取り、広げさせた左手の中指にそれを嵌めてやった。指輪は最初から音也のものであったように、音也の指にしっくりと馴染んだ。
音也は指輪のはまった手を広げたり閉じたりしていたが、そのうちに眉を下げて「どうしよう」と呟いた。今にも泣きそうな声を出したので、少し俯いた顔を覗き込む。
「気に入りませんでしたか?」
「違う…。ねぇ、トキヤ、どうしよう」
嬉しくて、と囁いて音也が笑った。間近にあった目がぎゅっと細まる。
「泣いても良いかな?」
音也が目を潤ませてそんなことを言うので、トキヤは小さく笑った。
「駄目です。我慢しなさい」
親指で音也の目尻を押さえる。指先が涙に濡れた。トキヤの手に預けるように顔を傾けてきた音也の柔らかな頬を軽く抓って、髪を撫でた。
「…好きだよ、トキヤ。大好き」
「私もあなたが好きですよ、音也。あなたが生まれてきたことに心から感謝します」
都合良くか、悪戯好きな社長の気遣いか、誕生日だというのに音也はロケの仕事で、明け方に出かけて行き、三時過ぎまで戻らない予定になっている。そういった理由で、パーティーの準備をする時間は充分にあった。
音也の部屋の合鍵を持っているトキヤが鍵を開け、レンが用意した業者が家具を次々に運び出していった。中身が入ったままのクローゼットや机は全て、パーティーの間だけどこかの倉庫へ保管するらしい。
いつの間にか恒例になっていた仲間内での誕生日パーティーは、回数を重ねるごとにやることが派手になっていく。
空っぽになった部屋の照明をミラーボールに変え、壁や天井を飾りつける。即席のカウンターバーまで設置すると、まるで古いアメリカの映画に出てくるディスコフロアーのようになった。 やりすぎだと感じるこの計画も、音也ならばきっと喜ぶだろう。
音也は記念日を大切にする。友達の誕生日を忘れることはないし、例えばひな祭りや七夕、クリスマスといった季節の行事も大事にしている。自分の誕生日パーティーには毎回大袈裟じゃないかと思うほど喜んで、感極まって泣いたことさえある。
この部屋を見て、どんな顔をするだろうか…。
レンが持ち込んだターンテーブルで回し始めた、音也の好きなミュージック。翔がエアギターを奏で、真斗が腕組みをして笑いながらそれを眺めている。ベランダに繋がっている大きなガラス戸に那月がスプレーで絵を描いていた。ガラスにいくつも咲いていく花と、少々歪なヒヨコを見ていると、ポケットの中で携帯電話が震えた。 液晶に浮かぶ音也の名前。音也には寮に着く前に電話を入れるように言っておいた。音也も皆が何かを企んでいるのは知っていたようで、「なんで」とは訊かなかった。
レンに目配せをして音楽を止めさせ、電話に出る。
「…はい」
『トキヤ?俺。今仕事終わって、帰ってるとこ』
タクシーに乗っているのだろう。寝ていたのかも知れない。声がいつもより少し掠れていた。
『あと十分くらいで着くよ』
「わかりました。気をつけて帰ってきなさい」
『うん。じゃ、後でね』
電話を切って、部屋にいるメンバーを見回す。
「あと十分ほどで着くそうです」
了解、とか、結構早かったな、という応えが戻ってきた。それぞれに仕上げをして、工具やガムテープを箱に仕舞った。その箱を洗面所へ仕舞いに行った翔が、代わりに持ち帰ってきた花束をトキヤの手に押し付けた。
誰が選んだのだろうか。音也の大好きな赤い色で作られた花束。チューリップにガーベラ、レースのようなスプレーカーネーション、ラナンキュラスの丸い蕾。まるで花嫁のブーケのようにラウンド型にされたそれを思わず受け取ってしまってから、トキヤは眉を上げて翔を睨んだ。
「…なんですか」
「お出迎え頼むぜ、王子様」
翔がにやりと笑って、言う。レンが口笛を吹いて囃したが、いつもならばそれに嫌そうな顔をする真斗も笑っていた。
「お願いしますね」
那月と翔に両肩を押され、部屋から押し出される。パタンと仕舞った扉を振り返り、溜息を吐いた。
音也との仲は話してあるので、皆知っている。トキヤとしては本意ではないのだが、音也が隠すのを嫌がったからだ。普段は特別自分からそのことを皆に話すことはないが、こういう場合に妙な気の遣われ方をされると対応に困る。 だが今回は…都合が良いか…。
そっとポケットを押さえ、音也の為に用意してきたプレゼントの存在を確認した。二人きりになったら渡そうと思っていたが、パーティーが始まってしまえばきっと、夜が更けるまで二人きりになれることはないだろうから…。
エントランスに降り、ガラス戸の向こうに見える門を見つめる。風が少し強い。風が吹く度に満開の花を湛えた桜の木が揺れ、薄紅色の花弁をひらひらと散らしていた。
暫くして門の前にタクシーが停まり、後部座席から音也が降りて来た。音也を残しタクシーが走り去っていく。音也は横を向いてタクシーを見送っていたが、やがて振り向き、桜を見上げた。音也の前髪を揺らして吹いた風に目を細め、顔を俯ける。そうして顔を上げて、エントランスにいるトキヤに気付くと驚いたように目を丸くした。声は聞こえてこないが、唇が動いてトキヤの名前を呼んだのが分かった。トキヤに向かって走ってくる音也を、扉を開けて出迎える。音也と一緒に桜の花弁が何枚か吹き込んできた。
「驚いた。待っててくれたんだ」
そう言ってにこりと笑った音也に、背に隠し持っていた花束を差し出した。
「おかえりなさい、音也。お誕生日おめでとうございます」
誕生日なので何かがあるとは予想していただろう。けれどトキヤから花束を渡されるとは思っていなかったらしい。音也は大きな目を見開いて「えっ」と間が抜けた声を上げ、花束とトキヤの顔を交互に見る。
「これは、皆さんからです」
「あ、そうだよね。びっくりした…」
トキヤの言葉に音也は大きく息を吐いて、受け取った花束に鼻を埋めた。
他の誰かが持てば派手に見えるだろうその赤い色も、音也にはとても似合っていた。
「私からは、これを」
ジャケットのポケットからプレゼントを取り出す。手の平に乗る小さなベロアの箱。その外見ですぐに中身は分かっただろう。音也は暫く黙って箱を見つめていたが、「いりませんか?」と訊くと慌てて手を差し出してきた。開いた手の平へ箱を乗せてやる。
「中を見ても良い?」
「ええ、どうぞ」
頷いて、花束を持ってやる。音也がゆっくりと小箱の蓋を掴んだ。中から怖いものでも出てくるような、そんな恐る恐るとした仕草で箱の蓋を全部持ち上げると、音也が声の無い息を吐いた。
中にはシルバーの指輪が入っている。普段使いが出来るように太めのラインのデザインリングだ。仕事の合間に宝石店に通って、音也に似合うものを選んだ。
音也がそっと台座から指輪を外して持ち上げる。外から差し込む光にかざすように顔の前まで持ち上げ、それからふと気付いたように指輪の内側を覗き込んだ。
「これ…」
「四月の誕生石と、あなたの色ですよ」
指輪の内側にはオーダーで、ダイヤモンドとルビーを嵌め込んであった。
トキヤは音也の手から指輪を取り、広げさせた左手の中指にそれを嵌めてやった。指輪は最初から音也のものであったように、音也の指にしっくりと馴染んだ。
音也は指輪のはまった手を広げたり閉じたりしていたが、そのうちに眉を下げて「どうしよう」と呟いた。今にも泣きそうな声を出したので、少し俯いた顔を覗き込む。
「気に入りませんでしたか?」
「違う…。ねぇ、トキヤ、どうしよう」
嬉しくて、と囁いて音也が笑った。間近にあった目がぎゅっと細まる。
「泣いても良いかな?」
音也が目を潤ませてそんなことを言うので、トキヤは小さく笑った。
「駄目です。我慢しなさい」
親指で音也の目尻を押さえる。指先が涙に濡れた。トキヤの手に預けるように顔を傾けてきた音也の柔らかな頬を軽く抓って、髪を撫でた。
「…好きだよ、トキヤ。大好き」
「私もあなたが好きですよ、音也。あなたが生まれてきたことに心から感謝します」
作品名:Cherish the day 作家名:aocrot