少しだけ、寂しい。
そう言って踵を返す。部屋に戻ってろと言ったのに、那月が後ろから付いてきた。追い返すのも面倒でそのまま、また二人で音也達の部屋へ向かう。
ドアを開け、玄関から部屋を覗き込むと、音也のベッドの傍らに膝をついているトキヤの姿が見えた。
「具合はどうですか?」
静かに訊いたトキヤに、音也が首を振る。
俺たちには強がって見せた音也が。大丈夫と言って弱音を吐かなかった音也が。
「頭が痛いよ」
トキヤには弱々しい声で素直にそう言った。
「薬を飲みましたか?」
「うん」
「そうですか。それならばそのうちに効くでしょう」
「トキヤ」
「はい」
「喉が痛くて声が出ないんだ…痛くて苦しい」
泣き出しそうな音也の声に、トキヤが音也の髪を撫で、手を握ってやる。トキヤの手をぎゅっと握り返した音也の指に、見てはいけないようなものを見ている気がして目を逸らした。
「少し眠りなさい。起きたら少しは良くなっているはずです」
「…一人は寂しいよ」
「仕方ないですね。起きるまで傍にいてあげますから…」
普段は聞かせないような、音也の甘えた声に、応えるトキヤの柔らかな声。そっと後ずさった翔の背を那月の手が支える。那月は翔の手から風邪薬を取るとそれをシューボックスの上へ置いた。音を立てないよう部屋から廊下に出る。
きっと音也は、トキヤには素直に弱い部分を見せてるんだ…。俺にも、他の皆にも見せない部分を。
自分が音也にとって一番だと思ったことなど、一度も無い。それでもメンバーの中でも仲が良い方だと思っていた。
音也に頼られないことが、なんとなく、ショックだった。
「…寂しいんですか、翔ちゃん」
無言でいると、那月が心の中を読んだようにそう言ってきたので、睨む。那月は笑っていた。
「翔ちゃんには僕がいますよ。ほら」
そう言って広げられた手にぎゅうぎゅうと抱き締められ、翔は溜息を吐いた。
那月はきっと全てを分かった上で慰めようとしているのだ。
畜生。こんなことで凹むなんて情けない…。
「ああ、もう鬱陶しいな、お前は。離せ」
文句を言いながら、それでも翔は那月の腕を振り払うことはしなかった。
夕方になったら、また音也に会いに行こう。
今度は、全然心配してないって、音也らしくない元気出せって、そう言って笑って。そうすればきっと音也も安心するだろう。それがトキヤには出来ない、俺の役目なんだから。
翔はそう決めて、ひとつ息を吐いた。那月がまた、小さく笑う気配がした。
(2012年08月12日)