猫のいる生活
1日目17:00
夕方、部屋に戻るとトキヤと、猫がいた。
「え…どうしたんだよ、その猫」
驚いて、思わず部屋の入り口で足を止めた。
猫は茶虎柄で、赤い首輪をしている。トキヤの机の脇に三段ケージが置いてあり、その中に寝ていた。ベッドに座り本を読んでいたトキヤが顔を上げもせず、「音也」と素っ気無く名前を呼んだ。次に言われることが分かっていたので、音也はベッドの上に鞄を放り投げて置き、洗面所へ行き手洗いうがいを済ませた。タオルで手を拭いながら洗面所を出て行くと、トキヤはキッチンで二人分の麦茶を入れていた。
「ねー、猫どうしたの?拾ってきたの?」
キッチンを覗き込んで訊く。トキヤはキッチンから出てきてグラスをテーブルに置くと、どうぞ、と言うように手で音也を促した。
「ありがとう」
音也は礼を言って、椅子に座った。グラスの中で氷がカランと涼しげな音を立て回る。
怒られるかな、と思いながら、音也は日焼けして火照った頬にグラスをそっと当てた。トキヤは呆れたように溜息を吐いたがそれを叱らず、麦茶を一口飲むと「あの猫は」と話し始めた。
「今度の二時間ドラマで共演する猫です。私は猫を飼ったことがありませんので、猫の扱いに慣れるために預かってきたんです」
「へ、そうなの?」
「あなたが嫌ならば飼い主の元へ返してきますが…」
「ううん、俺、動物大好きだもん。返さなくて良いよ」
「そうですか。…では三日間、よろしくお願いします」
「うん、喜んで」
頷いて見せ、麦茶を一気に飲んで立ち上がる。
「猫、触っても良い?」
「まだ環境に慣れていませんので、ケージからは出さないように」
「うん、分かった」
音也は椅子を退けると、跳ねるようにケージの傍へ行った。
それまで、丸いクッションの上で寝ていた猫は音也の気配に顔を上げると、金色の目を開いて音也の目をじっと見つめた。首をもたげ億劫そうに前足を出すと、ケージの前にしゃがんで猫を覗き込んだ音也から逃れるようにゆっくりと後ろへ体を押しやる。
「にゃんこ、おーいで」
舌を鳴らしながら、ケージの柵の隙間から指を差し入れる。
「にゃんにゃん、にゃんこー。お前、綺麗な目だねー」
金色の目を見つめながら、音也は優しく話しかけた。猫は警戒したように音也の目を見つめたまま、身じろぎもしない。威嚇をすることはないが、近寄ってくることもない。ただケージの奥に背を押し付けるようにして、じっと音也をみつめてくる。
「ねー、トキヤ、この子人に慣れてないの?タレント猫なんでしょ?」
「先程ここに連れてきたばかりですからね。そのうちに慣れるでしょう」
「へー…」
「それから、その猫の名前はにゃんこではなく、スラッシュです」
「へー、かっこいいじゃん。ギタリストだね、スラッシュ」
じーっと猫の目を見つめ、音也は猫撫で声で「スラッシュ」と名前を呼んだ。
トキヤがグラスを下げるために立ち上がった。
「それから音也、猫は目を合わせると警戒するそうですよ」
キッチンへ入っていく前にトキヤが言い置いていった言葉に、音也は慌てて猫から視線を横へ逸らした…その先に、トキヤのベッドの上、先程までトキヤが読んでいた本がある。その題名を見て、音也は思わず吹き出してしまった。
『猫の飼い方』
たった三日だけの為に買ってきたんだろうか。トキヤは努力家だから…何事にも手を抜くということをしない。
そういうところが、好きなんだけど…。
本の表紙を見ていると、じんわりと胸が暖かくなってくる。
「…仲良くなろうね、スラッシュ」
そう話しかけた音也に、スラッシュはその金色の目をゆっくりと瞬かせた。
夕方、部屋に戻るとトキヤと、猫がいた。
「え…どうしたんだよ、その猫」
驚いて、思わず部屋の入り口で足を止めた。
猫は茶虎柄で、赤い首輪をしている。トキヤの机の脇に三段ケージが置いてあり、その中に寝ていた。ベッドに座り本を読んでいたトキヤが顔を上げもせず、「音也」と素っ気無く名前を呼んだ。次に言われることが分かっていたので、音也はベッドの上に鞄を放り投げて置き、洗面所へ行き手洗いうがいを済ませた。タオルで手を拭いながら洗面所を出て行くと、トキヤはキッチンで二人分の麦茶を入れていた。
「ねー、猫どうしたの?拾ってきたの?」
キッチンを覗き込んで訊く。トキヤはキッチンから出てきてグラスをテーブルに置くと、どうぞ、と言うように手で音也を促した。
「ありがとう」
音也は礼を言って、椅子に座った。グラスの中で氷がカランと涼しげな音を立て回る。
怒られるかな、と思いながら、音也は日焼けして火照った頬にグラスをそっと当てた。トキヤは呆れたように溜息を吐いたがそれを叱らず、麦茶を一口飲むと「あの猫は」と話し始めた。
「今度の二時間ドラマで共演する猫です。私は猫を飼ったことがありませんので、猫の扱いに慣れるために預かってきたんです」
「へ、そうなの?」
「あなたが嫌ならば飼い主の元へ返してきますが…」
「ううん、俺、動物大好きだもん。返さなくて良いよ」
「そうですか。…では三日間、よろしくお願いします」
「うん、喜んで」
頷いて見せ、麦茶を一気に飲んで立ち上がる。
「猫、触っても良い?」
「まだ環境に慣れていませんので、ケージからは出さないように」
「うん、分かった」
音也は椅子を退けると、跳ねるようにケージの傍へ行った。
それまで、丸いクッションの上で寝ていた猫は音也の気配に顔を上げると、金色の目を開いて音也の目をじっと見つめた。首をもたげ億劫そうに前足を出すと、ケージの前にしゃがんで猫を覗き込んだ音也から逃れるようにゆっくりと後ろへ体を押しやる。
「にゃんこ、おーいで」
舌を鳴らしながら、ケージの柵の隙間から指を差し入れる。
「にゃんにゃん、にゃんこー。お前、綺麗な目だねー」
金色の目を見つめながら、音也は優しく話しかけた。猫は警戒したように音也の目を見つめたまま、身じろぎもしない。威嚇をすることはないが、近寄ってくることもない。ただケージの奥に背を押し付けるようにして、じっと音也をみつめてくる。
「ねー、トキヤ、この子人に慣れてないの?タレント猫なんでしょ?」
「先程ここに連れてきたばかりですからね。そのうちに慣れるでしょう」
「へー…」
「それから、その猫の名前はにゃんこではなく、スラッシュです」
「へー、かっこいいじゃん。ギタリストだね、スラッシュ」
じーっと猫の目を見つめ、音也は猫撫で声で「スラッシュ」と名前を呼んだ。
トキヤがグラスを下げるために立ち上がった。
「それから音也、猫は目を合わせると警戒するそうですよ」
キッチンへ入っていく前にトキヤが言い置いていった言葉に、音也は慌てて猫から視線を横へ逸らした…その先に、トキヤのベッドの上、先程までトキヤが読んでいた本がある。その題名を見て、音也は思わず吹き出してしまった。
『猫の飼い方』
たった三日だけの為に買ってきたんだろうか。トキヤは努力家だから…何事にも手を抜くということをしない。
そういうところが、好きなんだけど…。
本の表紙を見ていると、じんわりと胸が暖かくなってくる。
「…仲良くなろうね、スラッシュ」
そう話しかけた音也に、スラッシュはその金色の目をゆっくりと瞬かせた。