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[APH]仮面の国

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 ポーターの背中を視線で追って、彫り物がされた立派な白い柱の影に隠れて見えなくなったところで、俺はひとり静かに 大きくため息をついた。もう一度、胸いっぱいに息を吸って口から細く長く吐き出す。余計に入っていた体の力を抜いて、少しだけ椅子に体を沈ませ姿勢を悪くした。

 なんだ?

 今、俺の身に何が起こってたんだ?

 なんだ、なんなんだ?

 いや、理解はできてるよ。でもさ

 あれは、なんなんだ?

 彼が。口は悪いわ手足がすぐ出るわで凶暴この上ない、あるいは酒癖悪くて俺の昔の影を追って泣き出したり服を脱いだり面倒ばっかり起こすあの彼が。

 俺に『サービス』をしていた。営業用の笑顔を向けて丁寧な言葉づかい、美しい身のこなしで働き、俺が困っているところをスマートに助けてくれた。

 そんな普段とのギャップが俺の頭をガツンと殴ってくれて、それだけで脳しんとうを起こしたようにふらふらとした。けれどそれ以上に衝撃だったのは、あんな彼を、俺は今日はじめて見たっていうその事実だった。

 俺は、彼の仕事を何でも知っていると思ってた。たとえば、書類仕事をしているところなら幼い頃毎晩のようにその背中を見ていて知っている。人と会って笑顔で人殺しの話をしているところも、華やかなパーティで彼の上司の娘をエスコートして、連れ帰るところも見たことがある。戦争で前線に立ち、総司令本部で作戦立案に関わり、船上にあっては荒くれをまとめ、陸にあっては街を作ったり壊したりする。そういうことをする彼なら、よく知っていた。

 でも、あんな彼は 400年以上も一緒にいて、本当に、本当に今日がはじめて。

 俺は誰にも自分の表情が見えないように下を向いて、クリーム色のテーブルクロスの上に置いた手を握ったり広げたり、10回ほど繰り返した。それからぽつりとつぶやく。shit.



 ・・・あれじゃあまるで、本物の紳士みたいじゃないか!
作品名:[APH]仮面の国 作家名:速水湯子