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Step By Step

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Heart to Heart


年越しのカウントダウンライブとその後の打ち上げを終え、元旦は昼頃まで宛がわれたホテルの部屋で過ごし、その後事務所の寮に戻ってきた。音也は、翔と一緒に天皇杯の決勝戦を見に行った。
 翔は夕方の便で実家に戻る予定だ。与えられた休日は明日一日だけ。三日には新春特番への生出演がある。翔は双子の弟にせがまれ、その僅かな休日を実家で過ごすことにしたらしい。
 午後七時近く、音也が寮へ戻ってきた。音也は自分の部屋には寄らず真っ直ぐにトキヤの部屋へ来たようで、お気に入りのサッカーチームのベンチコートにマフラーを巻いたままだった。
「ただいま」
そう言って抱きついてくる体を一度抱き締めてから、洗面所へ促す。音也はマフラーとコートをソファにかけ、素直に洗面所へ入っていくと手洗いうがいを済ませて出てきた。軽やかな足音がすぐにトキヤのいるキッチンへ向かってくる。
 包丁を操っていたトキヤの手元を見て、音也が歓声を上げた。
 ライブの打ち上げで御節料理は出たものの、音也は興奮していてそれどころではなかったので、トキヤは音也の為に小さな御重を用意した。さすがに全て手作りとはいかなかったので、御節の中身は出来あいのものが多かったが、エビチリとローストビーフを作った。
「黒豆は聖川さんが丹波から取り寄せて下さいました。それから栗きんとんは小布施から。煮物は聖川さんの手作りですよ」
「へー。ねぇ、これは?」
トキヤが薄く切っていたローストビーフを指差し、音也が笑った。
「あなたがまた食べたいと煩いので作りましたよ」
トキヤは少し笑って、ローストビーフを皿に盛り、和からしを添えた。
「だって、クリスマスの時は殆ど蘭丸先輩に食べられちゃったし」
「ゲームに夢中になっているからです」
御重のひとつにエビチリを装い、ローストビーフの皿と一緒に音也に渡し、テーブルに運ぶように言った。
 薄紅のガラスで出来たぐい飲みに、レンから差し入れのあった甘酒を注いで運ぶ。
 テーブルの上に御重を広げ、二人だけのささやかな夕食を始めた。音也は手を合わせ戴きますと言った後、にこりと笑った。
「改めまして…あけましておめでとう、トキヤ。今年もよろしくね」
「ええ、今年はあまり面倒ごとを持ち込まないでくださいよ」
トキヤは溜息と共にそう言って笑い、音也の皿にローストビーフを取ってやった。

夕食の後、キッチンに並んで片付けをしてから一緒に風呂に入った。
 音也と一緒に入ると色々な要因でゆっくり出来ない。いつもならば断るところだが、正月くらいと音也がねだったので、仕方なく音也を背中から抱えるようにして一緒に浸かった。雪も降っていないのに、音也は上機嫌に湯船を掻き混ぜながら雪やこんこんと歌いトキヤを呆れさせた。あまりその声が煩いのでキスをして黙らせ、そのまま、勢いに任せてバスルームで一度、体を重ねた。
 その後、すっかり上せてしまった音也をベッドに横たわらせ、トキヤは赤みがかった柔らかな髪を乾かしてやった。音也はドライヤーの温風に気持ち良さそうに目を閉じて、そのまま寝てしまいそうな雰囲気だったので、時折名前を呼んでみる。
「音也」
「うん…起きてるよ…」
「このまま泊っていきますか?」
「いいの?」
「良いも何も、そのつもりで来たのでしょう」
呆れて言えば、音也は「ばれたか」と舌を出して笑った。それからおもむろに体を起こし、トキヤの手からドライヤーを奪う。
「ねぇ、俺もトキヤの髪乾かしてあげるね」
「それは構いませんが、分け目を逆にしないで下さいね」
前に音也がどうしてもやりたいと言うので任せた時、分け目を逆にされて直すのが大変だった。音也もその時のトキヤの様子を思い出したのだろう。笑いながら「平気平気」と言って、わざとのように「こっちだよね」と逆の方を指差したので、トキヤは「音也」と叱ってその指を掴んだ。そこから始まるじゃれあいのような、駆け引き。結局髪を乾かさないまま、ベッドの上でもう一度、抱き合った。
 終わった後、トキヤが体を離そうとすると、不意に音也が背を抱き締めてきた。ぎゅっと力を込められ抱き寄せられては離れることも出来ず、困惑しながら「なんですか」と訊けば、音也は涙に濡れた目でトキヤを見上げ笑った。
「なんか怖い」
「何が…」
「トキヤが優しい」
笑いながら言った音也に、溜息を吐く。
「私はいつもと変わりませんよ。あなたの受け取り方が違うのでしょう」
「そう…かな…。うん、そうかも。トキヤはいつも優しいもんね」
そう言われてしまえばどうも居心地が悪くなって、音也に口付けてその腕の中を抜け出した。
 洗面所でタオルを濡らし戻ると、音也はまだベッドに寝転んだままで、恥ずかしげもなくしなやかな裸体を晒していた。その身体にはトキヤが残した跡が残っている。
 しばらく体を晒すような撮影は無いと分かっていたので、きわどい場所へも噛み跡をつけてしまった。
 ふと我に返って反省する。
「ねぇ、トキヤ」
音也はそんなことを気にしていないようで、トキヤを手招いた。促されるまま音也の傍に座って顔を覗き込むと、音也はトキヤの手を握り唇へ持っていった。
 指に触れる、柔らかな感触。
「明日、行きたい場所があるんだ。トキヤ、一緒に行ってくれる?」
どこか懇願するような声音に、音也の言う場所が流行りの店や、観光名所などではないことが分かる。
 どこに行きたいのか、とは訊かなかった。
 行けばきっと、音也がどうして自分をそこへ連れていったのか分かる。
 そんな気がした。
「ええ。あなたが行きたい場所ならば、どこだって」
トキヤはそう言って、身を屈め音也に口付けた。音也が目を細めて笑う。触れ合った唇が小さく動いて「ありがとう」と囁いた。

(20130102)
作品名:Step By Step 作家名:aocrot