黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 4
第14章 孤高の戦士
ガルシアは目を覚ました。体を起こし、辺りを見回す。
両隣ではジャスミンとスクレータがまだ寝息を立てている。ここは昨晩寝床にした洞穴のようである。
ガルシアは記憶を探ってみる。
確か昨晩自分は見張りをしていたはずである。しかし何時間も経たないうちに、シンが交代だとやって来て、それから、一緒に見張りをしてて…
これ以上の記憶は定かではなかった。
ガルシアはひとまず洞穴を出てみた。ジャスミン達を起こすのは忍びなかったので、そのまま寝かせておいた。
外はもう日が昇っている。いつもガルシアは日の出とともに目覚めているので、今日は多少の寝坊をしてしまった。
昨晩見張りをした場所を見た。
そこにはシンが、しかも血まみれで倒れている。
ガルシアは慌てて駆け寄った。
「おい、シン!大丈夫か!?」
ガルシアが揺するとシンは呻きながら目を開けた。
「ん…?ああ、しまった。寝ちまったか」
シンは何食わぬ顔で起きると、大きな欠伸とともに背伸びをした。
「おはよう、ガルシア」
「おはようってお前、それ大丈夫なのか?」
シンは自分を見るガルシアの様子がおかしいと思い、おもむろに自分の腕を見た。
「別にこんなもの…、って何だこれは!?」
シンは今初めて自分がどんな姿をしているのかを認識した。
「ああ、そうか。昨日の!あのクソ虫野郎、こんなに血を噴き出しやがったのか!」
どうやらシンの体に付いていた血は彼のものではなく、彼が『クソ虫』と称しているものの返り血であったようである。
「まったくもう、最悪だぜ。臭えしよ!」
「シン、一体何があったんだ?」
「見張りをしてたら、アリジゴクが襲ってきたんだよ」
昨晩シンはガルシアを眠らせた後、1人で見張りを続けていた。
夜もかなり更けたころ、焚き火の明かりにつられたのか、魔物が一匹、シンに迫ってきた。
アリジゴクというラマカン砂漠にのみ生息する巨大な虫で、普段はすり鉢状に作られた巣で獲物を待っている魔物であるが、その時は偶然巣を移動している時だった。
シンはアリジゴクと戦った。それは存外強力な魔物だった。
見かけによらずエナジーを駆使して攻めてきた。その巨体を生かした攻撃も強力だった。
シンが忍術の奥義、『イズナ落とし』でとどめを刺そうと魔物につかみかかった所、運悪く右手を噛まれてしまった。さらにその毒で体がしびれ始めた。
そこを好機と読んだ魔物はすかさずシンに攻めかかった。
体が動かなくなったかと思われたが、魔物の牙がシンに触れるか否かの所で、魔物は大量の血を噴き出し、風に流される砂とともに消えていった。
シンはすんでのところで『滅殺の術』で魔物を滅した。
シンは大量の返り血を浴び、そのまま倒れ込み気を失ったのだった。
「あ?、駄目だ。ガルシア、ちょっと水浴びしてくる!朝飯は残しといてくれ」
シンは布を持ってオアシスを探しに行った。
シンの体は血まみれで目立たないが、一カ所確かな傷があることにガルシアは気づいていた。
「ふあ?あ、全く、朝から何を騒いどるんじゃ。うるさくて眠れやせんわい」
先ほどのシンの絶叫によって目を覚ましたスクレータが欠伸混じりに文句を言いながら洞穴から出てきた。
「起きたのかスクレータ、ジャスミンは?」
「今に起きてくるじゃろ。ガルシア、朝飯はまだかの?」
スクレータはいつも朝起きてすぐに朝食をとっている。今日も例外なく訊ねてきた。しかし、今日はガルシアもついさっき起きたばかりなので何も用意できていない。
「悪い、今から準備するところなんだ」
スクレータは不満の声を洩らした。
「何じゃと?何もできとらんのか。ガルシアが寝坊するなど珍しいこともあるのう」
「すぐに取りかかるよ」
まあ待て、とスクレータは引き止めた。
「見張りなんぞしてて疲れとったのじゃろ?今日はワシも手伝うとしよう」
手伝ってもらえる事は嬉しかったが、見張りはまともにやっていなかったので、内心複雑な気持ちだった。
「じゃあとりあえず水汲みでも…」
スクレータは嫌そうな顔をした。
「ワシに水汲みを頼むのか?物凄く腰にくるんじゃが」
「じゃあ私が行ってあげようか?兄さん」
いつの間にかジャスミンが起き出していた。
「おはよう、兄さん、スクレータ」
「ジャスミン、もう起きて平気なのか?」
ガルシアは心底驚いていた。
昨晩、ジャスミンは眠ったまま起きることがなかった。当然食事をとる事もしなかった。
それなのにこうして元気な様子で起きている。シンの適切な処置のおかげであると認めざるを得なかった。
「兄さん、私はもう大丈夫だから、ね?」 言葉も行動も昨日のそれらとは打って変わっている。
「それじゃあ、頼む」
ガルシアは水汲み用の桶を手渡した。
「ここから西にちょっと歩いたところにオアシスがある。まあ、行けば分かるだろう」
「うん、分かった。行ってくるね、兄さん」
ジャスミンは手を振りながら駆けていった。
「随分とまた元気になったものじゃな」
スクレータは目の前に広がる砂漠に消えていくジャスミンを見ながら言った。
「ああ、これもシンのおかげ…」
ガルシアは言葉を詰まらせた。
「ぬ?どうしたんじゃガルシア」
ガルシアは忘れていた事があった。
「今オアシスには、シンが水浴びしてたんだった!」
時すでに遅し。
※※※
「ああもう、鉄臭いのが落ちねえな!」
シンは1人で喚きながら肩に掛かる髪を乱暴にこすった。
シンの髪はガルシアやジャスミンよりも更に長い、そのためただでさえ洗うのが大変だと言うのに臭いまでついてしまっては水だけで臭いを消すのは恐ろしく大変な作業である。
服はすでに洗って干してある。着替えは特に持ち合わせていないので、乾くまで着るものがない。しかしすでに気温が高くなってきているのですぐに乾くはずである。
その間に体に着いた魔物の血やその臭いをとってしまおうと思ったのであるが。
いかんせん、臭いが全く落ちない。当然石鹸なんて物は持ち歩いているわけがない。地道にこすって洗うしかなかった。
「あ?あ、もういっそのこと切っちまおうかな、この髪…」
ザッ、とふと背後から音がした。
シンは魔物かと思い、身構えつつ振り返った。しかし、そこにいたのは魔物などではなく、人、それもシンのよく知る人物であった。
「なんだ、ジャスミンか。元気になったんだな」 シンが声をかけてもジャスミンは唖然とした様子で立ち尽くしている。
「あ、そういえばお前香水持ってたな。ちょっと貸してくれないか?鉄臭いのがとれなくてさ」
シンが歩み寄った瞬間、シンの顔にジャスミンの持っていた桶が投げつけられた。
「痛って!ジャスミンお前何を!?」
桶がしたたかにぶつかり、シンは鼻を抑えた。
「イヤッ!来ないで変態!」
ジャスミンの攻撃は尚も続く。
「ちょっと待て!砂は止めろ砂は、オレだよシンだって!分からないのか!?」
ジャスミンにはまるで聞こえていないようだった。一糸まとわぬ姿で説得しようとしたシンにも非はあるだろうが。
「だから砂を投げるなって!ぐわっ!目が、目があぁ!!」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 4 作家名:綾田宗