ただの高校生なので。
日曜日、午後12時40分。通っている高校の最寄り駅に近いファミレスで、あたしはひとり、メニューを眺めたり、入り口を見たり、窓ガラスの向こうを見たり、落ち着かない時間を過ごしていた。
店内はお昼を食べに入った家族連れやらカップルやら学生の友達グループで割りと混雑している。早めに来て席を確保して正解だった。
待ち合わせは午後1時。相手はまだしばらく来ないだろう。
「はぁ」
何度目かのため息をついた時、来店を告げる電子音が店内に鳴り渡る。
お昼のこの混雑時、その来店客が待ち合わせ相手である可能性は低い。それでも毎回入り口を来にせずにはいられなかった。
入り口を見やると、出迎えた店員に「待ち合わせで…」と伝えている風な男の子が2人いた。
2人の内の1人、青髪の男の子が先頭に立ち、こちらへ向かってくる。
「よ、待たせたな」
「ゆりっぺ!!久しぶりだねっ」
目が合うと手を上げて挨拶してきた青髪の男の子が日向くん。その後ろからひょっこりと現れた小柄な男の子は、かつてあの世界で共に戦ってきた仲間の内の1人。
「久しぶりね、大山くん」
「ゆりっぺと再会できて僕嬉しいよ」
ニコニコという文字が浮かんでいそうな笑顔が変わらない。自分が知っている。
大山くんと再会したことで昔を思い出した日向くんは、それ以降も頻繁に連絡を取りあっているいるらしい。あたしと再会したことを報告したところ、3人で会いたいと言われ、この機会をセッティングしてくれて現在に至る。
注文を済ませ、ドリンクバーで飲み物をついで席に戻ると、先ほどと同様日向くんと大山くんはあたしの向かい側に並んで座った。
「日向くんと大山くんは小学校の時に再会したのよね?」
「そうそう、ある日廊下でばったり。お互いそれで思い出したんだよな」
「うん。あの時は本当にびっくりしたよ〜」
話を聞いてみると、大山くんは今のあたしたちよりも2つ歳下なんだそうだ。そう言われてみれば、ただ小柄というだけでなく、顔にも幼さがある。
大きくない学校とはいえ、違う学年ではなかなか接点がなかったのだろう。
その再会をきっかけに、家も近かったこともあり、一緒にいることが増えたらしい。
2人の再会エピソードを聞いている内に、オーダーしたフライドポテト・チョコレートパフェ・チーズケーキが、それぞれ日向くん・大山くん・あたしの目の前に配膳された。
日向くんは一緒に運ばれたケチャップとマスタードの内、ケチャップの方だけ封を切った。
「日向くんのお蔭で僕、休まずに学校に行けたんだ。ありがとね、日向くん」
「なんだよ改まって。それはお互い様だろ?」
小学生としてごく平穏に生きてきた人間が、ある日突然高校生の記憶を、あのひどい記憶を思い出して、それで今までと同じように毎日を過ごす…なんて到底無理な話だろう。
あたしはまだ、あの時と近いこの歳で思い出せたから受け入れられた。だけど、日向くんたちのようにあの時よりも幼い頃に思い出したら…それはきっととてもキツイだろうな…。
「どうしたの?ゆりっぺ。そんなに深刻そうな顔しちゃって…」
大山くんの声で、自分が目の前のケーキを凝視したまま固まっていたらしいことに気づく。
「あっ、いや…」
相当キツイだろうなと想像はできても、それはあくまでもあたしの想像だ。実際に体験したわけではない人間の想像でしかない。本当につらい思いをした人に対してつらい思いをしていない人が言う「つらかったね」という言葉が、良く取られないことをあたしはもう知っている。
「小学生にあの記憶はきつかったけど、独りじゃなかったから意外と大丈夫だったよな」
言いよどむあたしのせいで出来てしまった妙な間を埋めてくれたのは日向くんだった。
どうして彼はこうも空気を読むのが上手いのだろう。
「うん、そうだね。独りだったらすーーっごく悩んじゃってたと思うけど、同じ思いをしている人が1人でもいてくれたお蔭で、大丈夫だったんだと思う」
そう言う大山くんの顔は、つらさを乗り越えた者の笑顔だった。
誰かと出会うことで思い出すというシステムは、そのためなのかもしれない。1人で抱えるにはあまりにもつらいから、誰かと分かち合えるようにと。
「ちょっと俺、トイレに行ってくるな」
「あ、うん。いってらっしゃい」
ポテトの最後の1本を口に放り込んでから、日向くんは席をたった。
日向くんを見送る大山くんをぼーっと見ていたら、向き直った大山くんと目が合った。
昔と変わらぬ笑顔でニコリと笑いかけられ、つられてあたしも笑顔になる。
「ゆりっぺは高校で日向くんと再会して思い出したんでしょう?」
「ええ、そうよ」
「日向くん、最初はゆりっぺのこと避けてたんじゃない?」
「なんでわかるの?」
入学式の日のことを思い出す。朝一で目が合って以降、日向くんはずっとあたしと目を合わせようとはしなかった。
「だって日向くん、ずっと言ってたんだよ?ゆりっぺはどうしてるのかなって。もう誰かに会って思い出しちゃってんのかなーとか。確かめようにもどこにいるのか、そもそも転生してるかもわからない。出会ったとしても、もしまだ思い出していないのに自分と出会ったせいで思い出させちゃったら…って」
「なによ…それ…」
そんなに前から気にしてくれてたっていうの?再会する前から気にかけてくれてくれてたっていうの??
「ゆりっぺのことは昔から気にしてたからね。殊更つらい人生だった分、あの世界でリーダーとして戦い続けて来た分、今世では普通の女の子として幸せな日常生活をおくってほしいって思ってるんだよ」
「そ、そう…」
きっと今、あたしの顔は赤い。日向くんのそれがどういう類の感情なのかはわからないけれど、大切にされていることは確かだ。
早く。日向くんが戻ってくる前にこの顔をなんとかしないと。
早く火照った頬をなんとかしたくて、苦し紛れに氷が溶けきってさほど冷たくもないグラスに手を伸ばしたところで、日向くんが帰ってきてしまった。
まだ、治まっていないのに!
「ん?どうかしたか?」
あたしの様子がおかしいことに気づいたのか、日向くんが不思議そうな顔をする。
ああ、絶対に顔が赤いのバレてる…。
「ううん、なんでもないよ。日向くんはまた痔なのかなぁって話をね」
「何の話してんだよ!痔じゃねぇよ!っつーか昔も痔じゃなかったですから!!」
思わず出てしまった大声で周りの視線を集めてしまった日向くんは、慌てて着席をして身を隠した。
「やだなぁ〜冗談だよ。日向くんったら本気にしちゃって〜」
「くっ…大山め…!」
先ほどの反省を活かし、今度は小さな声に抑えていた。
空になっているグラスを見て、飲み物を取ってきてくれるという日向くんの好意に甘え、またもや2人で日向くんを見送る。
日向くんが席を外した隙に、大山くんが少し身を乗り出し、小声で囁いた。
「さっきした話は日向くんに内緒ね。照れた日向くんに僕怒られちゃうから」
「普段余裕ぶっこいてる日向くんを照れさせてみたい気もするけど、大山くんが怒られるのは可哀想だから黙っておくわ」
お互いの言葉に、同時に笑い出す。
「なんだよ〜俺がいないところでばっか楽しそうにしやがって」
「アホは生まれ変わってもアホなのね、って話をしてたのよ」
店内はお昼を食べに入った家族連れやらカップルやら学生の友達グループで割りと混雑している。早めに来て席を確保して正解だった。
待ち合わせは午後1時。相手はまだしばらく来ないだろう。
「はぁ」
何度目かのため息をついた時、来店を告げる電子音が店内に鳴り渡る。
お昼のこの混雑時、その来店客が待ち合わせ相手である可能性は低い。それでも毎回入り口を来にせずにはいられなかった。
入り口を見やると、出迎えた店員に「待ち合わせで…」と伝えている風な男の子が2人いた。
2人の内の1人、青髪の男の子が先頭に立ち、こちらへ向かってくる。
「よ、待たせたな」
「ゆりっぺ!!久しぶりだねっ」
目が合うと手を上げて挨拶してきた青髪の男の子が日向くん。その後ろからひょっこりと現れた小柄な男の子は、かつてあの世界で共に戦ってきた仲間の内の1人。
「久しぶりね、大山くん」
「ゆりっぺと再会できて僕嬉しいよ」
ニコニコという文字が浮かんでいそうな笑顔が変わらない。自分が知っている。
大山くんと再会したことで昔を思い出した日向くんは、それ以降も頻繁に連絡を取りあっているいるらしい。あたしと再会したことを報告したところ、3人で会いたいと言われ、この機会をセッティングしてくれて現在に至る。
注文を済ませ、ドリンクバーで飲み物をついで席に戻ると、先ほどと同様日向くんと大山くんはあたしの向かい側に並んで座った。
「日向くんと大山くんは小学校の時に再会したのよね?」
「そうそう、ある日廊下でばったり。お互いそれで思い出したんだよな」
「うん。あの時は本当にびっくりしたよ〜」
話を聞いてみると、大山くんは今のあたしたちよりも2つ歳下なんだそうだ。そう言われてみれば、ただ小柄というだけでなく、顔にも幼さがある。
大きくない学校とはいえ、違う学年ではなかなか接点がなかったのだろう。
その再会をきっかけに、家も近かったこともあり、一緒にいることが増えたらしい。
2人の再会エピソードを聞いている内に、オーダーしたフライドポテト・チョコレートパフェ・チーズケーキが、それぞれ日向くん・大山くん・あたしの目の前に配膳された。
日向くんは一緒に運ばれたケチャップとマスタードの内、ケチャップの方だけ封を切った。
「日向くんのお蔭で僕、休まずに学校に行けたんだ。ありがとね、日向くん」
「なんだよ改まって。それはお互い様だろ?」
小学生としてごく平穏に生きてきた人間が、ある日突然高校生の記憶を、あのひどい記憶を思い出して、それで今までと同じように毎日を過ごす…なんて到底無理な話だろう。
あたしはまだ、あの時と近いこの歳で思い出せたから受け入れられた。だけど、日向くんたちのようにあの時よりも幼い頃に思い出したら…それはきっととてもキツイだろうな…。
「どうしたの?ゆりっぺ。そんなに深刻そうな顔しちゃって…」
大山くんの声で、自分が目の前のケーキを凝視したまま固まっていたらしいことに気づく。
「あっ、いや…」
相当キツイだろうなと想像はできても、それはあくまでもあたしの想像だ。実際に体験したわけではない人間の想像でしかない。本当につらい思いをした人に対してつらい思いをしていない人が言う「つらかったね」という言葉が、良く取られないことをあたしはもう知っている。
「小学生にあの記憶はきつかったけど、独りじゃなかったから意外と大丈夫だったよな」
言いよどむあたしのせいで出来てしまった妙な間を埋めてくれたのは日向くんだった。
どうして彼はこうも空気を読むのが上手いのだろう。
「うん、そうだね。独りだったらすーーっごく悩んじゃってたと思うけど、同じ思いをしている人が1人でもいてくれたお蔭で、大丈夫だったんだと思う」
そう言う大山くんの顔は、つらさを乗り越えた者の笑顔だった。
誰かと出会うことで思い出すというシステムは、そのためなのかもしれない。1人で抱えるにはあまりにもつらいから、誰かと分かち合えるようにと。
「ちょっと俺、トイレに行ってくるな」
「あ、うん。いってらっしゃい」
ポテトの最後の1本を口に放り込んでから、日向くんは席をたった。
日向くんを見送る大山くんをぼーっと見ていたら、向き直った大山くんと目が合った。
昔と変わらぬ笑顔でニコリと笑いかけられ、つられてあたしも笑顔になる。
「ゆりっぺは高校で日向くんと再会して思い出したんでしょう?」
「ええ、そうよ」
「日向くん、最初はゆりっぺのこと避けてたんじゃない?」
「なんでわかるの?」
入学式の日のことを思い出す。朝一で目が合って以降、日向くんはずっとあたしと目を合わせようとはしなかった。
「だって日向くん、ずっと言ってたんだよ?ゆりっぺはどうしてるのかなって。もう誰かに会って思い出しちゃってんのかなーとか。確かめようにもどこにいるのか、そもそも転生してるかもわからない。出会ったとしても、もしまだ思い出していないのに自分と出会ったせいで思い出させちゃったら…って」
「なによ…それ…」
そんなに前から気にしてくれてたっていうの?再会する前から気にかけてくれてくれてたっていうの??
「ゆりっぺのことは昔から気にしてたからね。殊更つらい人生だった分、あの世界でリーダーとして戦い続けて来た分、今世では普通の女の子として幸せな日常生活をおくってほしいって思ってるんだよ」
「そ、そう…」
きっと今、あたしの顔は赤い。日向くんのそれがどういう類の感情なのかはわからないけれど、大切にされていることは確かだ。
早く。日向くんが戻ってくる前にこの顔をなんとかしないと。
早く火照った頬をなんとかしたくて、苦し紛れに氷が溶けきってさほど冷たくもないグラスに手を伸ばしたところで、日向くんが帰ってきてしまった。
まだ、治まっていないのに!
「ん?どうかしたか?」
あたしの様子がおかしいことに気づいたのか、日向くんが不思議そうな顔をする。
ああ、絶対に顔が赤いのバレてる…。
「ううん、なんでもないよ。日向くんはまた痔なのかなぁって話をね」
「何の話してんだよ!痔じゃねぇよ!っつーか昔も痔じゃなかったですから!!」
思わず出てしまった大声で周りの視線を集めてしまった日向くんは、慌てて着席をして身を隠した。
「やだなぁ〜冗談だよ。日向くんったら本気にしちゃって〜」
「くっ…大山め…!」
先ほどの反省を活かし、今度は小さな声に抑えていた。
空になっているグラスを見て、飲み物を取ってきてくれるという日向くんの好意に甘え、またもや2人で日向くんを見送る。
日向くんが席を外した隙に、大山くんが少し身を乗り出し、小声で囁いた。
「さっきした話は日向くんに内緒ね。照れた日向くんに僕怒られちゃうから」
「普段余裕ぶっこいてる日向くんを照れさせてみたい気もするけど、大山くんが怒られるのは可哀想だから黙っておくわ」
お互いの言葉に、同時に笑い出す。
「なんだよ〜俺がいないところでばっか楽しそうにしやがって」
「アホは生まれ変わってもアホなのね、って話をしてたのよ」
作品名:ただの高校生なので。 作家名:涼風 あおい