ただの高校生なので。
「誰がアホ…!っと…」
またもや周りの視線を集めそうになったところで、かろうじて気づいた日向くんは、座ってからその続きを発した。
「誰がアホだよ。陰口かよ。っつーか本人に言ったら陰口でもねぇよ。悪口か?いじめか?」
「あら、誰も日向くんのこととは言ってなかったけど…自覚あったのね」
「くっそぉ!!」
「それにいじめてなんかないわよ。いじってるのよ」
「それでも悪いわ!俺で遊ぶなっ!」
「日向くん…ひとりでいたいならそう言ってくれれば…」
「なんでそうなるんだよ!俺で遊ぶなっつってんの!俺とは遊べよ!」
「アンタうるさいわよ」
「そうだよ、うるさいよ日向くん」
「くっそぉぉぉおお!」
昔と変わらない関係に心地よさを感じ、心から笑いあった。
ひとしきり笑った後、そういえば、と大山くんが話を切り出した。
「僕、藤巻くんにも再会したんだ」
「藤巻!?マジか。何してんのアイツ」
「あー…うん…おれは聞かないであげてよ…」
日向くんから視線を外し、遠くを見やる大山くんの肩を掴んで問い詰めようとするも、大山くんは口をわろうとはしなかった。
特別仲が良かったわけではないけれど、あれでも一応仲間であり幹部だったから、あたしだって少しは気になる。
「まぁまぁ。今度一緒に遊ぼうよ!直接会って近況を聞いたほうが楽しいよ、きっと」
「そりゃそうだけどよ〜…気になるぜ…」
「また集まりましょうよ」
「そうだね、今まで再会した人集めてさ!」
「あ、そういやユイが今度ライブやるっつってたから、皆でそれ行くか?ドッキリでさ〜」
ユイ―――。
その名前を聞いた瞬間、自分でも笑顔が凍ったのがわかった。
あの子のことを忘れていたわけじゃない。あの子と日向くんの間にあった出来事も忘れていたわけじゃない。
だけど、再会するかどうかもわからないことで頭を悩ませるのはやめたばっかりだったのだ。
大山くんが驚いていないところを見ると、彼は知っていたのだろう。
「あの子に…会ったの…?」
「あれ?言ってなかったか?ユイのヤツさ、ガルデモメンバー集めてもう活動してるんだとよ」
「そう…」
そんなに嬉しそうに話しているのは、再会できて嬉しいから?日向くんとユイはもう付き合っているの?もう将来の約束をしているの?
この前屋上で抱きしめてくれたことに特別な意味なんて無くて、ただ昔なじみのクラスメイトを励ましてくれただけなの?
そんなことが頭の中をぐるぐると回りだす。
「ん?どうしたゆりっぺ、急に大人しくなって。腹でも痛いのか?」
「ち、違っ…。なんでもないわよ!」
かろうじて返した言葉は、心なしか震えていて、勘のいい日向くんに何か気づかれたんじゃないかと心配になる。けれどそれは杞憂に終わったようだ。
「あ、僕そろそろ帰らないと。門限があるんだ〜」
「もう6時になるのか。夕飯時で混んできたし、俺たちもそろそろ帰るか?」
気がつけば、外はもう日が落ちて、街頭が灯っている。1人あたり1,000円もしない程度の注文で、随分長居をしてしまった。
「今日はとっても楽しかったよ!また会おうね」
「ええ、またね」
「おう、またな!」
「それと…今度こそ素直になりなよね!ばいばい!」
言いたいことだけ言って、大山くんは人ごみの中へと消えてしまった。
…どっちに言ったのかしら?
隣に立つ男をチラリと見やる。あたしの視線に気づいた日向くんは、眩しい笑顔で答えた。
「さってと!俺たちも帰ろうぜ」
「俺たちもって…日向くんと大山くんは近所なんでしょ?いいの?大山くんと一緒に帰らなくて」
「俺にはゆりっぺを駅まで送るという使命があるんだよ」
「別に頼んでないけど」
「そう言うなよ。人の好意は素直に受け取っておくもんだぜ」
人の背中を叩いた挙句、送ると言ったくせにさっさと歩き始めた日向くんの背中にそっと問いかける。
「あの子と…結婚するの…?」
その瞬間振り向かれ、どきりとする。
この人ごみの中、数メートル先にいる日向くんに、ぽつりと呟いた言葉なんて聞こえるはずがない。
「なにぼーっと突っ立ってんだよ。早く行こうぜ」
予想通り聞こえていなさそうな様子にほっと胸をなでおろし、日向くんの背中を追った。
*
「お、ゆりっぺおはよーさん!」
大山と会った翌朝、昇降口でゆりっぺに会った。ゆりっぺは特別早くも、ギリギリでもない時間に登校してくる。多数の生徒がそのくらいの時間に登校するから、この時間は昇降口も混み合っている。とはいえ、わざわざそれを回避するために早く来る気もないんだろう。日直の日以外はいつもこの時間に来ているようだった。
それは俺も同じで、部活の朝練がある日は早く来るが、それ以外の日はだいたいこんな時間だった。
「おはよう…」
俺の挨拶から優に10秒はあったんじゃなかろうか。無視かよ、と上げた手を下ろしてがっかりした頃になって、ようやく返事が返って来た。
「なんだよ…そのぶっさいくな顔…」
「失礼ね。嫌そうな顔してんのよ、分かんないの?」
分かんねぇよ!と言いたい所だが、これまでの経験から考えればだいたいわかる。
けど本当は嫌と言うより恥ずかしいだけなんだろう。素直になれないゆりっぺの照れ隠しには慣れてきた。
「アンタといるとろくなことがないのよ」
「ええっ!?そんなことないだろ!?」
こんなお決まりのやりとりも結構楽しいと思っている。
靴を履き替えて教室へ向かうゆりっぺに、慌てて自分も履き替えて、後に続く。
歩んできた人生が違うのだから人格だって違っていて当然だと思う反面、昔とあまり変わらないゆりっぺの言動にとても安心し、嬉しくなる。
並んだところで、またもやゆりっぺの不機嫌を装った声が投げられる。
「なんで付いてくるのよ」
「なんでって、同じクラスなんだからしょうがないだろ?」
「あなたちょっとここで3分くらい時間潰してから来なさいよ」
「なんで俺が!別にいいだろ、わざわざそんなことしなくたって…」
「そうそう。わざわざそんなことしなくたって分ーかってるって!な」
「うんうん。今更そんな小細工しなくていいっていいって」
「お前ら…」
急に会話に混ざってきた声の方を向くと、いつの間に来たのか、クラスメイトの男が2人そこにいた。俺とゆりっぺのことを率先してからかってくる2人だ。
これはまずい。ゆりっぺの様子を伺うと、案の定不機嫌丸出しで睨まれた。「だからあんたといるとろくなことがないって言ってんじゃない」と言っている目だ。これは8割方本当に不機嫌。
俺には強く出るくせに、他のクラスメイトに対しては大人しいゆりっぺは、俺の隣で黙っている。
「だって昨日2人でデートしてただろ?」
「は?してねぇよ?誰だよその間違った情報流した奴…」
「誰だっけな?メールで回ってきたんだよ」
「はぁ!?メール!?」
思わず朝っぱらから盛大なため息をついちまったぜ…。
「別に2人で会ってたわけじゃねぇよ。もう1人いたんだよ。誰だか知らねぇけど、そのメール送った奴はそのもう1人に気づかなかったんだろ」
もしくは帰り道見られてたか、だ。昨日居たファミレスはこの学校と最寄り駅の間にあるから、この学校の奴が見かけていてもなんら不思議ではない。部活で登校した奴らの内の誰かが見かけたんだろう。
作品名:ただの高校生なので。 作家名:涼風 あおい