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紅月の涙2

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窓から差し込む月光だけが唯一の明かりとした、恐ろしい程に静まり返った書斎に扉を叩く渇いたノック音が響く。

「入れ」

重く鈍い音を立てながらゆっくりと扉が開く。
立ち並ぶ本棚の奥に在る古びた机に座っているのは、リィエルの探し求めていた兄の姿だった。

「どうしてあの子を助けたの」

此方に背を向けて座る兄との距離をゆっくりと詰めながら、たった今寝かせたばかりの弟について率直に尋ねる。
生前の記憶が蘇ってからというものの、ユーリは常に泣いてばかりで塞ぎ込む様になった。

「それはユーリが邪魔だという意味か」

「それは…違うよ!…あの子は…ユーリは幸せそうには見えない…」

シャディがユーリの両親を手に掛けた事で苦しんでいるのは知っている。
その事について今までは極力触れない様にしてきたつもりだ。
だが、昨今のユーリとシャディの様子を見ているのは最早限界だった。

「僕たちは自分の意思で望んで吸血鬼になった。例えこの異形の姿に成り果ててでも、生きたいと思う理由があった。だから何が代償だろうと受け止められる覚悟はあるし、何より今は幸せだよ」

「………」

「でもユーリは違うでしょう?あの子は自分の意思じゃなく、両親のエゴで無理矢理に死地から呼び戻された存在だ。あの子の両親の望みは叶ったとは言え、生まれてしまったユーリはどうなるの?これからもずっと、両親を殺した罪に苦しみ続けながら、生まれてきた事を呪って生きなきゃいけないんだよ。それに…」

「そんなユーリを見る度に、兄さんまで苦しまなきゃいけないなんて耐えられないよ…!」

声を荒げるリィエルに対してシャディは答えない。ただ背中を向けて厚い書物の頁を捲るだけだ。

「兄さん…!」

「なら、俺はどうすれば良かったんだ」

押し殺した様な声がリィエルの言葉を遮った。
錯覚かもしれないが、その背中が泣いている様にも見え、リィエルは押し黙る。

「彼奴等は遅かれ早かれ自分たちの罪の意識に命を絶っただろう。それならば、救いを与えて殺してやるのが道理だ。お前の言うように、ただ単純に夢を見させて殺してやるのが最善の方法だった」

「っ……」

「エル。俺はお前が思う程に強くはない。彼奴等を騙して、何も生み出すものもなく命を摘む程冷徹にはなれない。…ユーリは残された唯一の希望だ。彼奴は俺が罪を犯して、手を血に染めて生み出した、罪の象徴とも言える存在だ。だが…彼奴が蘇った事で幸せを感じてくれたなら、彼奴の両親もただ死んでいくよりは報われるのではないか。そして、他ならぬ俺自身も……」

兄からの言葉に、リィエルはどれ程自分が浅はかだったかを知った。
リィエルは人を手に掛けた事などない。もし自分が兄と同じ立場だったなら、自分の言う様に冷徹な手段を取って、二人を手に掛ける事が出来ただろうか?
間違いなく兄の言う様に、生まれて来る存在に希望を託す筈だ。

だが、その罪の象徴とも希望の象徴とも言える張本人が、幸せを感じるどころか己の生を恨んで泣き叫んでいる。問題は其処にあった。
シャディもそれを痛感しているのだろう。ただ理解を促すのみで、それ以上彼がリィエルを責める事はなかった。

「………」

暫しの沈黙の後、やがて卓上に手にしていた書物を置き、椅子を回してリィエルに向き直ったシャディの表情は酷く憔悴したものだった。
無理もないだろう。ユーリは毎日シャディに縋って泣き叫んでいる。今日は何とかリィエルが無理矢理に寝かしつけたものの、ユーリは常にシャディから離れようとしないのだ。
ユーリの両親を手に掛けたのは他ならぬシャディだというのに、兄様兄様とシャディを呼んで探し求めたかと思うと縋り付いて離れない。傍から見ると可笑しな光景だ。
だが、生前の一部始終を記憶しているユーリは、シャディの苦しみを知っているのだ。両親を手に掛けた際に彼が泣いた事も、建てた墓の前で冥福を祈りながら自分の犯した罪に苛まれている事も。

ユーリは生前、事故にあって命を落としたらしい。路地の坂道を下ってきた補助輪付きの自転車が大通りでトラックに衝突、自転車に乗っていた幼児は事故死したという話を聞いたが、どうやらそれが彼の事だったらしい。即死でブレーキの形跡もなかった事から全く己を省みていなかった様だと聞いた。
彼の幼いながらの無知さが招いた事故だった。そう、事故だったのだ。本来ならばユーリに否はない。
だが、それが全ての発端であり、結果として両親を死に至らしめシャディを苦しめたと幼いながらに認識しているらしい。
ただひたすらユーリは兄に縋り泣きながらごめんなさい、ごめんなさい、と謝罪を繰り返した。それが逆にシャディを苦しめているという事を彼は知らない。
リィエルはそれを見兼ねて彼を訪れたのだ。

そして、憔悴しているシャディはリィエルの懸念した通り思い詰めていた。
このままではユーリは罪の意識に追い詰められて自らを死へと追い込むだろう。それが禁忌の代償に苦しんだ者の末路だ。
同じ立場に在るシャディは現在、リィエルとギルディを救った事を免罪符として生きている。既に成人していた事もあり、罪の意識に苛まれたとはいえユーリ程の苦痛は感じなかっただろう。
何しろユーリは幼い。何かを免罪符として生きる術も知らない。
これ以上苦しませるならいっそ手に掛けてしまうのがせめてもの優しさというものだが、そこまで非道になれるのであればユーリという存在はそもそも生まれていないのだ。
残された手段は一つ。荒療治、その場しのぎでしかない上に、相当なリスクを背負う。
そしてそれはシャディの力では出来ない方法だ。共犯としてリィエルの助力を仰ぐ必要がある。だが事は一刻を争う。
未来の事を懸念して重々しく溜め息を吐き出すも、やがて観念した様にゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「…エル。俺はこれからお前に酷な事を強いるかもしれない」

「…兄さん?」

彼の読んでいた書物には、術の類が記されていた。容易なありふれたものから禁呪の類まで全ての術が記されていたその中に、ユーリを救う為の手立てであるそれは存在した。


記憶を封じる術。


禁呪とまではいかないが、決して容易なものでもなく、妄りに使用して良いものでもない。
生半可な術士ではすぐに解けてしまう扱いの難しいもので、術に長けているリィエルが存在してこそ用い得る手段だ。
更に、封じられた記憶が蘇った時の反動は決して小さくはない筈だ。その時、ユーリは再び罪悪感に苛まれる事になるだろう。それは決してシャディの望むところではない。
だが、それ以外にユーリを救う手立てが浮かばない。

「このままではユーリは精神から死に至るだろう。方法は一つしかない。エル、お前にしか頼めない事だ」

「僕にしか…?術を、使うんだね?」

自分にしか頼めない、という兄の発言と思いつめたその表情にリィエルも術を、それも決して良いものではないそれを用いるのだと大体の察しがついた様だ。
頷いて肯定した後、シャディは憔悴した面持ちに影を落としたまま編み出した手立ての説明に入った。
作品名:紅月の涙2 作家名:侑莉