形のない鍵
1.
「おはよ、シャーク!」
二時間目を間近に控えたハートランド学園の廊下にて。
付近を行き交う生徒たちのざわめきをすり抜ける、相も変わらず遠慮のない呼びかけ。いつも通りぶっきらぼうに答えようとした凌牙は、見覚えのない顔が声の主の隣にいるのに気がついた。
「誰だてめえ」
「ああ、こいつは――」
「お初にお目にかかります、真月零と申します。ボク、この度遊馬くんのクラスに転入することになりました」
「――って訳なんだ」
言いたい言葉を全部先に言われてしまった遊馬は、じと目で真月を見やった。
そんな彼の格好はどこかぼろぼろだった。平穏な朝の中で、それだけが似つかわしくなかった。
「何だお前、またあの変なバリアンとかいう奴らに襲われちまったのか?」
遊馬が答えるよりも早く、またしても転校生が口を開いた。
「この学園の宝である遊馬くんが遅刻しないよう、よかれと思ってボクが近道にお連れしたんです」
「どっかの台所やら下水道やら引きずり回されて、結局二人とも遅刻したけどな」
「おかしいな、事前にボク、よかれと思って調べておいたはずなのに……あ」
「どうした真月」
「ごめんなさい。よかれと思って最短ルートを目指したつもりが、遊馬くんに掛かる重力を計算に入れるのすっかり忘れてました」
「そこは最初から入れといてくれよ!」
「……その結果がこれか」
ゴミが付いてるぞ、と凌牙は、遊馬の額と赤い前髪の隙間に挟まったままになっていた屑を、指で摘まんで捨ててやった。
どうしてこいつは、妙な奴ばかり惹き寄せるのだろうか。遊馬にきいきい食ってかかられてもニコニコとした表情を崩さない真月を、凌牙は苦々しく睨み付ける。
二時間目のチャイムが鳴った。
「やっべえ、次の授業に遅れちまう! じゃ、またなシャーク! 行くぞ真月!」
「え、あ、遊馬くん! ちょ、ちょっと待って、」
遊馬は傍らにいる真月の腕をつかみ、かっとビングだとばかりに廊下を全速力で駆け出した。
見ているだけでもあれは痛い、転校生も気の毒に――あの馬鹿力め。
「痛い、痛いですってば!」、「よかれと思ってもうちょっとゆっくり!」等の真月の泣き言が段々遠ざかって最後には全く聞こえなくなった。
「おはよ、シャーク!」
二時間目を間近に控えたハートランド学園の廊下にて。
付近を行き交う生徒たちのざわめきをすり抜ける、相も変わらず遠慮のない呼びかけ。いつも通りぶっきらぼうに答えようとした凌牙は、見覚えのない顔が声の主の隣にいるのに気がついた。
「誰だてめえ」
「ああ、こいつは――」
「お初にお目にかかります、真月零と申します。ボク、この度遊馬くんのクラスに転入することになりました」
「――って訳なんだ」
言いたい言葉を全部先に言われてしまった遊馬は、じと目で真月を見やった。
そんな彼の格好はどこかぼろぼろだった。平穏な朝の中で、それだけが似つかわしくなかった。
「何だお前、またあの変なバリアンとかいう奴らに襲われちまったのか?」
遊馬が答えるよりも早く、またしても転校生が口を開いた。
「この学園の宝である遊馬くんが遅刻しないよう、よかれと思ってボクが近道にお連れしたんです」
「どっかの台所やら下水道やら引きずり回されて、結局二人とも遅刻したけどな」
「おかしいな、事前にボク、よかれと思って調べておいたはずなのに……あ」
「どうした真月」
「ごめんなさい。よかれと思って最短ルートを目指したつもりが、遊馬くんに掛かる重力を計算に入れるのすっかり忘れてました」
「そこは最初から入れといてくれよ!」
「……その結果がこれか」
ゴミが付いてるぞ、と凌牙は、遊馬の額と赤い前髪の隙間に挟まったままになっていた屑を、指で摘まんで捨ててやった。
どうしてこいつは、妙な奴ばかり惹き寄せるのだろうか。遊馬にきいきい食ってかかられてもニコニコとした表情を崩さない真月を、凌牙は苦々しく睨み付ける。
二時間目のチャイムが鳴った。
「やっべえ、次の授業に遅れちまう! じゃ、またなシャーク! 行くぞ真月!」
「え、あ、遊馬くん! ちょ、ちょっと待って、」
遊馬は傍らにいる真月の腕をつかみ、かっとビングだとばかりに廊下を全速力で駆け出した。
見ているだけでもあれは痛い、転校生も気の毒に――あの馬鹿力め。
「痛い、痛いですってば!」、「よかれと思ってもうちょっとゆっくり!」等の真月の泣き言が段々遠ざかって最後には全く聞こえなくなった。