形のない鍵
2.
「あいつとデュエルしたんだけどさ」
「あいつ?」
「真月だよ。ほら、この前うちのクラスに転校してきた」
凌牙と遊馬は学園内のベンチに腰掛けていた。日直の仕事で遅くなる妹の璃緒を待っていたところに遊馬が行き合わせたのだ。
病み上がりの身である璃緒は、最初の内は日直を始めとするあらゆる仕事を当分スキップする話も出ていた。しかし、
「生徒としての義務はちゃんと果たします。特別扱いしないで」
と、当の本人が頑強に主張したのだ。
少し前に凌牙のD-ゲイザーに、もうすぐ終わるから、と割と元気そうな声で連絡が入ったばかりだった。
「ああ、あれか。で、そいつがどうかしたのか」
「真月の奴、デュエルすっげえ下手くそでよ。今日なんか攻撃力ゼロのモンスターを攻撃表示にして来たんだぜ!」
「それはまた、相当なもんだな。って、お前も人のことは言えねえくせに」
「うん。あいつ見てるとさ、思うんだよ。前のオレもあんなだったのかなって。そりゃシャークも呆れるよなー」
「罠を宣言付きで伏せた時は、正直自分の目と耳を疑ったぜ」
「なあシャーク。オレもちょっとはデュエル強くなったかな?」
言いながらずいっと身を乗り出した遊馬に、凌牙のでこピンが一発お見舞いされた。
「最初よりはマシな程度だ。あんまりうぬぼれるんじゃねえ」
「あたた、酷いぜもう。……でもそうだよな。もっと強くならないと、大事なものを失くしちまうもんな」
嘘である。
シャークの知る範囲において、遊馬のデュエルタクティクスは格段に向上した。今でも彼の進化は止まず、その形は変化し続けている。最大の功労者は、遊馬にくっついている「デュエリストの幽霊」改め「幽霊っぽい異世界人」アストラルなのだろうが。それでも、度重なる実戦の中でカイトやらトロン一家やら、果てには三人がかりとはいえDr.フェイカーと渡り合えるように……。
過酷な運命のおまけ付でなければ、デュエリストとしては喜ばしいことなのだろう、多分。問題なのはもっと別のことだ。
皇の鍵をロボットと一緒になって狙ってきたカイトとは、いつの間にか好敵手の間柄になり。あれだけ関わるなと忠告した?とその兄弟との件に、これでもかとばかりに首を突っ込み。トロンに至っては「デュエルしたら皆オレの仲間だ」とも公言している。その他にも、最後の最後で凌牙が世話になった元大会運営委員等々、数え出したらきりがない。
ちょっとでも目を離している合間に、彼の交友関係がどんどん更新されていく。
「お前のやることなすことにケチ付けるつもりはねえが」
「シャーク?」
「付き合う相手はよく選べよ。世の中、悪意の塊みてえな奴もいるんだぜ」
遊馬にしてみれば、言われた言葉の意味がすぐには理解できなかったのかもしれない。きょとんとした顔が凌牙に向けられる。それでも、分かったか、と答えを促せば、彼は不承不承といった体でうなずいた。
「でもやっぱり、真月は仲間なんだって、オレは信じるよ」