形のない鍵
3.
「遊馬」
廊下の片隅で真月と話し込んでいた遊馬は、シャークの呼びかけに肩を揺らして慌ただしく振り返った。
彼の頬は生傷だらけだった。平穏な朝の中で、それだけが似つかわしくなかった。
「ギラグにデュエルを挑まれたんだ」
その人物については凌牙も知っている。洗脳した生徒を大勢引き連れて遊馬を襲ったバリアンだ。そして、以前に無理やり付き合わされたスポーツデュエル大会の主催者の一人でもあった。
やはり、バリアンの脅威は遊馬の日常に巧みに忍び寄っていたのだ。
「アストラルがデュエルでやばいダメージ食らっちまって、鍵の中からまだ出て来れねえんだ。あいつ大丈夫だよな」
アストラルが籠っているという皇の鍵を、遊馬は心配そうな面持ちでふわりと撫でる。
「お前とアストラルの力でもかなりの強敵だったんだな」
「いや。その」
「?」
「オレたちだけじゃなかったんだ。真月も」
「何だと?」
聞けば真月もバリアンとのデュエルに加わっていたらしい。バトルロイヤルルール、実質二対一だったのだそうだ。
今やあらゆる場面で遊馬について回る真月だが、彼は遊馬の仲間になって間もない。彼のデュエルタクティクスが向上したという話も聞かない。
「ごめんなさい。ボクが遊馬くんのためによかれと思ってした作戦が、全部裏目に出てしまって……」
謝罪の言葉を口にしてしょんぼりと身を縮める真月に、デュエリストの気概は欠片もない。
遊馬とタッグを組んだ経験のある凌牙には、遊馬がデュエル中に取りそうな行動は大体予想できる。この傷の原因は。
「はっ、こんなヘタレに付き合ってボロボロになるお前の気が知れねえな」
「そうでもねえぜ、こいつは――」
「遊馬くん」
擁護の言葉を遮ったのは、いやに甘ったるい真月の声音だった。
遊馬が慌ててもごもご口を噤む。
「遊馬くん、次の授業水泳ですよ。早いとこ着替えないとボクたち遅刻です」
「そ、そうだよな。やっべーやっべー。じゃ、シャーク、またな!」
その場を取り繕うかのように別れを告げ、遊馬はまたしても真月の腕をつかんで全速力で引っ張って行った。
「よかれと思ってもボク自分で走れますから!」、「お願い遊馬くん止まってぇぇぇ」等の情けない泣き言が遠ざかる。しかし、凌牙は声が消え失せた後も表情を険しくさせて、二人が去った方向をじっと見据えていた。
彼らの関係は今まで通りだ。まだ何も変わっていない。まだ一つとして何も。
それでも、引きずっているのは遊馬の方なのに。その遊馬が逆に引きずられているように見えるのは、何故だ。
(END)
2013/02/20