ラブ・プルーフ
その1
一週間分の記録にブランクがあるのは、ウィルスに感染し、その後メンテナンスを受けていたから、らしい。
セキュリティの脆弱性を突かれた事、偶然居合わせたウサの処置で被害は軽く済んだ事。そうバーナビーからの謝罪と懺悔の入り混じった説明を聞いたトラだったが、自分の身に起こった事としてうまく認識出来なかった。実際に回想してみても、更新データをインストールしたあたりで記録は途絶えている。
「問題無いならウサに会いに行ってあげて下さい。毎日ここに通ってたんですよ」
何故か嬉しそうに話すバーナビーに、そうなのか、と返すと一通りの動作確認を終えていたトラはラボの簡易ベッドから立ち上がった。
トラもウサに会いたかった。言われなかったら、逆にトラから尋ねていたはずだ。助けてもらった礼を言いたいし、以前訊きそびれていた事があったからだ。
「今の時間なら確か、テストルームにいるはずです」
「分かった」
頷いて、トラは研究所内の見取り図データを呼び出すと、位置確認をする。別棟にあり、徒歩で5分はかかる位置だ。
「終業までに戻れば大丈夫ですから」
満面の笑みのバーナビーにがしりと肩を掴まれると、押し出されるようにトラは部屋を後にすることになった。結局、バーナビーの上機嫌の理由は判然としないままだった。
階段を3階分降りて、廊下を進む。勤務時間帯なのに人気が無いのは、相変わらずだ。ガラス張りの吹き抜けの天井からは日差しが降り注いでいて、今日がいい洗濯日和なのが窺えた。長い廊下を過ぎて渡り通路を抜ければ、テストルームに辿り着く。
テストルームは、実際にテストを行う場と計測する場が仕切られている、所謂スタジオの様な作りになっている。中では進行形で稼働テストが行われているようで、当のウサは手合わせの最中だった。相手は武藤という男で、元総合格闘家という経歴を持っている。トラも、護身術テストの時に世話になっていた。
「やぁ、HKじゃないか。具合はもういいのかい?」
トラの入室に気付いたハインツが、イスに座ったまま振り向いた。隣に立っていたエリックも気が付いて、手を挙げる。二人とも、ウサの開発グループの主要メンバーだ。
「あぁ、問題無い。それより、HEに会いに来たんだが、あとどのぐらいかかるんだ?」
「データは十分取れたし、稼働も問題なかったんだけどね。二人がまた本気になっちゃって…」
「…?」
「様するに、二人の決着がつくまで、だよ」
遠い目をするハインツにトラが首を傾げると、エリックが呆れたようにガラス越しの中を指差した。
視線を移した先で繰り広げられている対戦は、トラが見ている限りウサの方が優勢のようだった。が、一瞬、中のウサと目がった。その隙が仇となったようで、次の瞬間ウサは武藤により投げ飛ばされていた。