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病み六花の自己中が解放される時 前編

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「黒塚工房」
http://kuro2.x.fc2.com/


     *

 ジコチュートリオなんていなくても、人の自己中心的な心は解放される。

(遅い……)
 駅前にある広場の中で、菱川六花は何度も腕時計を確認する。もはや秒針が一つ動くたびに苛々し、六花は繰り返し足裏で地面を叩いていた。
 せっかく、一緒に買い物をする約束をして、今日という日を楽しみに迎えたのに……。
 相田マナが、待ち合わせの時間になっても現れないのだ。
(……もう十分も過ぎてる)
 まだまだ日曜の朝、時間がまるっきり潰れるわけではないけれど……。
 それでも、マナと交わしたはずの約束を思い出す。

「ねえ、駅の方で新しい店が出来たって知ってる?」
 マナが不意に話を切り出してきたのは、ついこの前。
 共に歩く通学路の上で、帰り際にマナは誘いかけてくれたのだ。
「色んな洋服があるみたいだから、日曜日に一緒に覗いてみない?」
「うん! 行きたい行きたい!」
 マナがデートに誘ってくれた。
 大好きなマナと、二人きりでお出かけできる。
 もうそれ以上嬉しいことなんて他になくて、今にもニヤニヤしてしまいそうな顔を取り繕うのが大変なほどだった。
 それなのに――。

(まだ来ない)
 腕時計の時間を見れば、もう十五分は過ぎていた。
 いや、来るはずだ。
 駅を行き交う人混みから、今にも「遅れてゴメン!」と言いながら、申し訳なさそうに六花の元へ駆け寄ってくるはずだ。
 そう思って人の波からマナを探すが、来ていない人間の姿があるはずもなかった。
(どうして? 何で連絡もないの?)
 遅れるのならメールくらいくれてもいいはずなのに、それさえもなく時間が過ぎて行く。
 もしかしたら、途中で事故にでも遭ったのか。それとも、いつものように誰か人助けでもしているのか。
 心配になって六花の方からメールを送るも、返事はない。
 電話をかけても、出てはくれない。
 マナは一体、どこで何をしているのか。
(もう二十分過ぎた)
 人混みの中から女の姿が見えかけて、それが自分の方向へ向かってくるたびに期待する――やっとマナが来たのかと。
 しかし、現れる女性は単なる他人で、むなしく六花を横切っていくだけだった。そんな事が何度も何度も繰り返され、だけどそのことごとくがマナではない。今か今かと待ちわびているのに、無情なまでに焦らされる。
(いつになったら来るの? マナ、マナ、マナ……)
 待っても待っても現れない。
 待たされるばかりの状況が耐えられなくなって、六花は再びメールを送る。
 返事はない。
 もう一度送る。
 それでも、返事はない。
 しかし、それ以外に六花の気を紛らわせるものは他になく、返事の来ないメールを何通にもわたって送信した。電話も入れた。送ったメールに一分以内に返事がなければ電話をかけ、出てくる気配がなければメールを再び送り直す。
(マナ、マナ……)
 三十分が過ぎた。
 なおも返事もなければ折り返しの電話もなく、人混みからマナが現れる気配はない。
(どうして来てくれないの? いつまで待たせるの?)
 グスン。
 悲しくなる。
 目から溢れかけるものが視界をぼかし、目じりを濡らした。
(私が何か悪い事でもしたの? マナのこと怒らせた? だから来ないの? ねえマナ、あなたは本当にどこにいるの? ねえ、今どこなの? マナぁ……!)
 秒を刻めば刻むほど、六花の胸の内側で、マナの笑顔が色濃くなっていく。一緒に笑いながら新しいお店へ行って、今頃は可愛い服を探しているはずなのに、どうして自分はまだこんな場所にいるのだろう。
 待つばかりの自分が惨めになってきた。
 ちゃんと待ち合わせ通りに来てくれていれば、まずはマナのエスコートでお店まで案内してもらい、そしてマナに選んでもらった洋服を試着しているはずだった。「どう? 似合う?」なんて尋ねて、「うん。可愛い!」なんて言ってもらう。そんな瞬間を、約束を結んだ時から今日の今まで夢見ていた。
 四十分を過ぎた。
 洋服のあとはどこかで一緒に食事をして、お互いの皿からおかずを分け合ったり、デザートを一口ずつ一緒に食べたり、なんて考えていたのに。
 それなのに、まだ来ない。
(マナ、マナ、マナ……)
 時間が経てば経つほど瞳が濡れて、まぶたの隙間から雫がこぼれ落ちそうになる。耐えがたいほどの気持ちを抱えながら、ハンカチで何度も目元を拭いて、それでも六花はマナを待ち続けた。
 五十分が過ぎた。
(もう、来ないの? マナ……)
 やがて諦めにも似た気持ちが沸いてくる。
 それでも六花は、やはりマナを待ち続けた。
 このまま一生マナが来ないのだとしても、自分はここで待ち続けるのだろうか。いっそ怒って帰ってしまえれば楽なのだろうが、もしその後になって、入れ替わるようにマナがやって来たらと考えると、やっぱり帰ろうにも帰れない。
 いや、帰りたくないのだ。
 マナと一緒に、約束通りにお店に行きたい。
 遅くなっても構わない。
 行きたい。

 ポツン、

 雨が降ってきた。
 やや大きめの粒がパラパラと降り注ぎ、六花の髪を、服をしっとりさせていく。やがて水気を吸って、服も髪も重くなり、前髪の先から水滴が垂れていった。
(傘、ないや)
 天気予報では晴れだったはずなので、折りたたみも持っていない。
 けれど、近くには屋根もない。この待ち合わせ場所を離れれば、マナが来た時に自分を探させる手間を与えるだろう。
 だから、雨だろうと待ち続ける。
 寒くなって、だんだん体が冷えてきたが、それでも待ち続けた。
 しかし……
 …………
 ……

 とうとう一時間が過ぎても、マナは現れなかった。

     *

 ああ、どうしてこんな日に!
 と、心底思う。
 そうは思っても、やっぱり相田マナは困った人を見捨てられずにいた。
 道端でいきなりお婆ちゃんが倒れ、怪我をする現場に行きあっては、もう放っておく方がおかしいというものだ。
「ヒヨリ、ヒヨリ……」
 救急車の中、おばあちゃんはマナでない誰かの名前を呼びながら、しかしマナの手を握っている。
 きっと娘か、あるいは孫の名前なのだろう。
「大丈夫ですよ。お婆ちゃん」
 マナはそっと笑いかける。
 病気だったのだろう。急に発作を起こしたお婆ちゃんが石畳でいきなり倒れ、その時に地面に頭をぶつけてしまった。まるで全力疾走でもした後のような激しい呼吸に、頭部からの出血を見て、危険な状態だと判断したマナはすぐに救急車の手配をしたのだ。
 そして、マナはそのままお婆ちゃんに付き添っている。
「ヒヨリ……」
 寂しそうに、切なげにその名前を呼ぶお婆ちゃんの声。
「大丈夫、ヒヨリはここにいるよ」
 そんなお婆ちゃんの手を、マナは優しく握り返す。
 病院へ到着すると、お婆ちゃんはすぐに病室へ運ばれた。
 ここまですれば十分すぎるほどの親切で、これ以上マナが関わる義理はなかったが……。