あの夜の祈り
くるくると曲線を描く手嶋の髪は、指で梳こうとしても少し油断すればすぐ縺れてしまう。おまけに何度もマメを潰した掌にはそいつらの引っ掛かるのに都合いい場所があちこちあって、胸に抱え込んだ頭を不器用に撫でるオレの手は、笑ってしまう程たどたどしかった。こんなことしか、こんなことも、満足にはできないのか。
シャツに滲む涙の熱さが、ひどく痛くて。
薄寒い夏の夜が肩や背中の体温を奪っていくのと反対に、
手嶋を抱き込んだ胸と腕だけが滲みるような熱を持っていた。
微かに震える肩や背中を、少し乱れた髪を何度も撫で下ろす。
引き攣った喉が上手く呼吸できなくて立てる、笛のような音に耳を澄ます。
どれぐらいそうしていただろう。外で瞬いていた蛍光灯の光は少なくとも、いつの間にか消えていた。
泣くなとは言えない。言いたくもない。ただ、手嶋の抱える痛みを奪い取る方法が欲しかった。
こんな風に声を殺して涙を流さなければならないような、そんな傷を一人負ったままにしておきたくなかった。
刺すような息苦しさは容易くオレの中で膨らむけれど、これは、結局のところオレの痛みだ。
そうじゃない、オレが欲しいものは、本当の本当に欲しいものはそうじゃなくて。
「…………………」
「……あお、やぎ?」
いつの間にか、手が不自然に止まっていたらしい。
頭と手を同時に動かせない自分の性を、恨んでみてもはじまらないのだが。誰にはばかることもなく気の済むまで泣かせてやりたいと思った相手に、こんな怪訝そうな声を出させてしまうのは流石に不本意だ……しまった、と思う。
悪い、と謝るべきか、何事もなかった顔を装うべきか。判断に迷った時間はそう長くない。なかった、はずだ。
手嶋の視線がオレの顔を覗き込む動作の方が、それより早かっただけ。そして。
薄青い影に沈んだ、夜の世界でも見えた。
腫れた瞼と、充血した両目と、顔面を横断している涙の痕跡。
右の目頭と鼻の間の窪みに、流れきることのできなかった滴が少し留まっている。
頬に張り付いた髪が鬱陶しいのか、手嶋が緩く頭を振った拍子に、はた、と、流れ落ちる。
その透明な、色が、……。