Wizard//Magica Wish −9−
「…っ…!」
重なる身体。頬に当たる彼女の息。髪から漂うシャンプーの良い匂い。
俺は、一瞬の隙を狙われて彼女に唇を奪われていた。
こんなことをしていてはいけない。百も承知だ。
だが、人間の欲望というのはあまりにも正直で頭で解っていても身体が欲を求めてしまい、脳からの反応を拒絶してしまうのだ。
「んっ…」
「…さ、さや……っ…」
彼女の手は俺の背中や首へと周り、俺を解放させまいと拘束させる。自分とは違う作りをしている異性の身体が自分と密着する度合いが自然と高くなる。自分とは比較にならない程細い身体、ほのかな温もり、自分の胸板に当たる膨らみ…俺の心臓の鼓動が徐々に早くなり、思考がおかしくなっていく。
あぁ…やばい。このままじゃ俺が俺で無くなってしまいそうだ…頼む。
欲望に負けるな、俺。
動け。動け、動け!!
「…っ!!くっ…」
「きゃっ!!」
薄れていく自我を取り戻し、力任せに彼女の肩を掴んで拘束を無理やり引き剥がした。勢い余って さやかちゃんを突き飛ばしてしまった俺はすぐに彼女に手を差し伸べた。
「ご、ごめん!怪我は…」
「あんたも…私を拒むんだ」
「な…ち、ちが…」
「じゃあなんで無理やり私を引き剥がしたのよ!!」
「っ!!」
差し伸べた俺の手は振り払われ、さやかちゃんは自分で立ち俺を睨みつける。あの目は知っている。もう、誰も信じないと決意した目だ。だが、俺が抵抗したのは事実なんだ。訳を話そうにもなにもなかった。ただ、突然の出来事で理解できなかったんだ。
「もう良い…私は、もう誰ともかかわらない!!これ以上私に干渉しないで!!」
「まて!さやかちゃん!!」
時は既に遅く、彼女は再び魔法少女へと変身して何処かへ去って行ってしまった。俺は追いかけようとしたが流石に生身の身体では今の彼女に追いつくことすらできず、変身しようと考えても、既に姿は見えなくなってしまった。
「…はぁ…やばい。中々上手くいかないな…あと、さやかちゃんを説得するだけなんだけど。それにしても…」
俺は自分の唇を人差指と中指でそっと触れた。あの柔らかい感触…今でも頭の中に残っている。思い出せば脳裏に映像が蘇る。彼女からとはいえ、一瞬欲望に身を任せようとした自分が腹立たしくて仕方なかった。恭介に後でなんと言おうか…いや、この件は流石に伏せておこう。別の意味で絶望させてしまいそうだ。
とにかく、こんな山道にずっといても仕方ないので、俺は色々と考えながら山を下ることにした。
作品名:Wizard//Magica Wish −9− 作家名:a-o-w