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欠ける

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 もうすぐ高二最後の期末テストだ、という時期のことだ。帰りのSHRが終わってすぐに俺の方を振り返った神代が、組んだ腕の上に頭を預けるようにしながらぐてっと机の半分を占領してきた。ちょっと疲れた様子のその頭にぽふ、と手のひらを乗せたら目を細めてこっちを見てくる。感触を楽しむようにくしゃりと撫でたら嫌がるでもなくされるがままになってた。その状態で「今日はどうする」と聞いてきたその声に、ちょっと悩んで「お前んちは?」と聞いてみる。
 ほんとは俺んちの方が良いんだけど、今日に限ってはうちのお袋は普通に帰ってくるって言ってたから、一応神代の方に振ってみる。まあ菜々子ちゃんが居るはずだからそれでも俺んちになるんだろうな、とも思ったけど、なるべく長く二人で一緒にいられる方の家に行きたかった。
「うちは、今日は菜々子が友達の家で夕飯食べるらしいから、それまでかな。叔父さんはたぶん遅い」
「え、マジで。今日はお袋定時上がりらしいから、もしかしたらお前んちの方がいいのかも」
 珍しい。俺んちに神代が来るのは凄く多いけど、神代のとこに俺が行くのは菜々子ちゃんと堂島さんが病院から退院してからはもうずっと無かったことだ。その前の、神代が参っちゃってた頃は何もできないってわかってるのに押しかけてたけど。
「マジで?んじゃ今日はお前んちにしよ。とりあえず数学頼む!」
「別にいーけど、寝るなよ?」
「寝ないって!」
 一緒に帰って一緒に何かするのはもう既に習慣だった。今はテスト期間でパトロールと称してテレビに行くこともないからなおさら。ただしまあ、そんな時期だけあって禁欲期間でもあるんだけど。体力が有り余ってる高校生だからって、毎日太陽が黄色いみたいな状態で授業受けて期末に突入、みたいな状況は避けるべきだってお互い解ってたから、最近は自然と勉強会でもするかっていう流れになってた。もう神代が居る時間はそう長いもんじゃないっていうことはわかってるつもりだったけど、たぶん二人ともそこから目を反らしてたんだ。
「んー、じゃあ夕飯何が良い?」
「食わしてくれんの!」
「家まで来て惣菜大学のコロッケだけっていうのも味気ないしな」
「やった!」
「……手伝えよ」
「応援係で頼む!」
「おい。……ま、いーけど。残さず食え」
「モチロン!」
 予想外の嬉しさににこにこと頬を緩ませてたら机に懐いたままだった神代がそのまま手を伸ばしてきて俺のそのだらしない頬をぐいぐいと引っ張ってくる。お返しのように頭に乗せたままにしてた手で髪をつんっと引っ張った。こんな些細なやり取りも、もう出来なくなるのか、とかそんな思いが胸に落ちてこなければ、途方もなく幸せなだけで済むのにな。
 じゃれるように小さなやりとりを続けながらこっそりと溜息を吐いたら、神代の目がほんの少し影を帯びる。あーまたこんな顔させちまった。でもその溜息はもう取り戻せないから、代わりに笑顔を作りながら殊更大きな音を立ててガタリと机から立ち上がった。
「んじゃ、行こーぜ!買い物しなきゃだし」
「うん……。そうだな」
 何かもの言いたげな顔をした神代の肩に、なるべく変な空気にならないように意識しながら勢いよく腕を回した。そしたら神代の左手が俺の背中の真ん中辺りにどんっと当たってきたけど、横目で見たらもういつもの顔に戻ってたからそのままぱっと手を離して、ただ肩を並べて歩き出す。ほとんど変わらない歩幅を揃えたら、お互いにちょっとだけ笑みが漏れた。うん。もう大丈夫。これで戻れたはずだ。いつもの俺たちに。
お互いの好き嫌いにあーだこーだ突っ込みを入れながら二人でジュネスに買い出しに行った後、そのままの足で堂島家に向かって神代の部屋で勉強会をした。もっぱら俺が教えてもらうばっかりでいつもワリ―な、と以前に言ってみたことがあるけど、教えるのって自分で理解した上に人に解り易く噛み砕く、っていう過程をたどるから逆に勉強になるんだ、とか頭のイイヤツそのものな感じで返されてた。それで全然嫌味にならねーで俺どころかクラス中のヤツらに頼られてんのが神代のすげー所だと思う。
「ここは?」
「さっきやったとこの応用。あれに加えて一番最初の方程式に当てはめれば解ける」
「お?……あーなるほど。さんきゅ!」
「どーいたしまして。ん……もう七時過ぎてるな」
「マジで?おわ、ホントだ」
「そろそろ支度するか」
 とりあえずここで区切ろう、と言う声に散らばっていたプリントを掻き集めて鞄に突っ込もうとしたその時、指に鋭い痛みが走った。その痛みの熱さに思わず悲鳴を上げたら、すぐさま神代の声が返ってくる。
「っつ、いってぇ」
「どうした、花村」
 泡食って手を見ると、左薬指の付け根が切れてぱっくりと割れていた。束を整えた時に傷つけてしまったらしい。あー、よくあることだけどドジ踏んだな……。こういうのって、小さな傷でも結構破壊力があって痛いんだ。
「あー、なんでもねー。紙で指切っただけ」
 俺の声に驚いて振り返った神代に傷つけた辺りをぺろっと舐めてから示してみせた。意外と深く切ったようで、錆びた鉄の味が口に広がってちょっと顔を顰める。テレビの中以外では滅多に口にしないその味。その傷だってこっちに戻って来てしまえば違和感が多少残る以外は治ってしまうから、血を出すような傷をつくるのは久しぶりかもしれない。
「ちょっと待て、絆創膏あるから」
「そこまで大げさにすることじゃねぇって。舐めときゃ治るし」
 眉を寄せて俺の傷口を見た神代が、傍らにあった鞄を引き寄せて、ごそごそと探り出した。本当に大したことないんだけど。そりゃちょっとひりひりするけどこんなのすぐ治るはずだ。そう言っても一度行動したら自分の思ったことをその通りにする神代は俺の言うことも聞き入れることはない。人の意見を聞かないんじゃないけど、自分が正しいと思ったことは一度は筋を通したいタイプなんだと思う。それがわかるから、それ以上強く止めたりはしないで動向を見守る。
 取り出したのは何の変哲もない、けれど見覚えのある絆創膏の箱だった。いつかの河原で俺が渡したヤツだ。まさか通学鞄に入れてるのか、いつも。
「あれ、それ……?」
「花村に貰ったヤツだから、お前にやったら還元になるな」
「持ち歩いてくれてんの?」
「それは、絆創膏なんだから持ってて悪いことなんかないだろ。……お守りみたいな意味も、あるけどな。……ほら、いーからさっさと手出せ」
 何それすげー嬉しいんですけど。……やべ、顔緩む。あの日は殴られようと思って用意してった絆創膏だったけど、取るに足らないものでも神代が持ち歩いて大事にしてくれてるっていう事実が嬉しくて仕方なくて顔が勝手にニヤついた。そしたら、なかなか手を差し出さない俺に焦れた神代がひったくるみたいに手を掴んできてびびった。
「お、わ、」
作品名:欠ける 作家名:もちねこ