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<メモ>BLACK AVATAR

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ほろ苦い優しさ『ゴッドエデン編』


 波の音が、優しい風が、天馬の髪をなでる。
 天馬は一人、波際にいた。他の雷門メンバーは皆特訓に行っているのに、彼は一人取り残された。
 天馬は特訓のメンバーには入れられなかった。いや、それ以上に、特訓できる状態ではない。
 それでも、天馬は「勝ちたい」と希望を出したが、それは円堂や神童たちに却下された。
「何で俺……、ダメなんだろう……」
 考えてもよくわからなかった。
 円堂監督に「もし、暇があったら海でも見てろ」
 と投げやりに言われたのではあるが、そういう時間も苦ではなかった。水平線を見ていたら、故郷の沖縄が思えてきて、自然と心が安らいだ。
 だが稀に、頭に張りつめたものを感じるときがある。それが何なのかわからないのだが、頭痛が突然来るのだ。
 頭を抱えるときもある。
 その様子を見て、他のメンバーは慌てるのだが、頭痛一つで慌てるのかわからなかった。
「何でみんな、何を隠して……」
 意味がないことはしない。それを内情わかっているのだが、何故か自分だけが取り残されて、何もできないことに虚無感すらある。
 今の彼には前のような前向きな思考があまりできなくなっていた。
 とそこへ……。
 何かが彼の後ろで動いた。
 天馬は反射的に、それに反応した。
 白黒の……丸いもの。それを手でとった。
「わぁ!」
 キャッチして、そのまま砂の中に落ちた。
「いたたた……」
「へえ……少しはできるんだ」
 あざけりながら、少々高い声が響く。どこかで聞いたような声だった。
 天馬の横にはサッカーボール。いつもなら、すぐに手にしてしまう彼だが、何故か一瞬、寒気を覚えた。
 しかし、サッカーボールを拾って、投げた人の方へ向く。
 そこには……。
 黒い髪の前髪に勾玉をつけた少年が立っていた。
「シュウ……だっけ?」
 シュウはくすっ。と笑った。
「覚えていてくれたんだ」
 そして、はっとする。チームゼロとの戦いの時、彼に痛烈なシュートを打ちつけてきた少年だ。
「みんな特訓してるんでしょ? 君はしないの?」
「したいんだけどね。止められちゃってるんだ」
 天馬は苦笑した。
「じゃあ……」
 シュウは天馬に近づく。
「サッカーやろうよ」
 天馬の手にあるサッカーボールをとり、笑顔でシュウは言う。
 思考が一瞬止まった。ゴッドエデン内部の過酷な特訓を天馬は思い出した。
 手加減のないシュートが自分の身体を痛めていく。
 苦しいけれど、立ち上がることさえできないのに、それでも無理やり起こされる。
 何よりも、それをやっていたのが剣城だったことだ。
 彼は弛緩し、顔をうずめた。
「……ごめん、今は……できない……」
 その様子を見て、シュウは残念そうな顔つきになった。
「あれくらいで、やめちゃうんだ」
「あれくらいって! あれくらいって……」
 最初威勢の良い言葉がだんだんとすぼんでいく。
「いいよ、やらないから。体も本調子じゃないんだろ? だったらやっても面白くない」
 シュウはきびすを返した。
「何で……、何で……シュウ、君は『あんなとこ』のチームにいるんだ?」
「『あんなとこ』って、ゴッドエデンのことか?」
 天馬はうんと答えた。
「みんな俺みたいにボロボロになっていくんでしょ? シュウは何とも感じないの?」
「……弱い奴はいらない」
「えっ?」
「ここには強い人間だけ集まればいい。僕はそう思ってる。強くなろうって本気な人間だけがゴッドエデンに集まればいいと思ってる。弱い奴なんて、どうなってもいいよ、狂ったって逃げたって……その方が僕は嬉しい」
 顔を天馬に向けると、彼は笑みを浮かべていた。
 シュウの一言に、天馬は呆然とした。
 冷たい風が二人の間を駆け抜ける。
「天馬、君だって、強くなりたいんじゃないの?」
「それは……なりたいよ。強く……なりたい。でも、違う。シュウたちが言う『強さ』じゃない。強ければいいっていう、そういう『強さ』じゃない!!」
「ほかに何があるっていうんだ!!」
 天馬の怒声に、シュウが輪をかけた。
「結局、強くなきゃ、完璧じゃなきゃ、大切なもの一つも守れないんだ……。君だって、仲間を助けようとしても結局守れなかったじゃない」
 そう、天馬はチームゼロに負けた。
 あの時、「自分がみんなを守らなきゃ」その信念一つだった。
 だが、結果は状況を悪化させただけだった。
 閉口した。事実である以上、シュウの言葉に同情せざるを得ない。
 シュウの唇の端が上がった。
「……この島にはね、サッカーに似た競技があったんだ」

 ボールをけり合う競技。それは最初はただの『神儀』で単なる試合のようなものだった。
 でも、いつからか、重要なことはその競技で決めることになった。
 村の長を誰にするとか、法律を設けるとか、貨幣を変えるとか……。
 それくらいだったらまだよかった。

「でも、村に何年か一度干ばつが起こるようになったんだ。それを神の怒りだと考えた島人は、人柱を立てることにした」
「人柱?」
「生贄だよ……、一人の少女を海に流すんだ、神様の怒りを鎮めるために」
 シュウの一言は何故かかげっていた。そして、サッカーボールを見る。
「その生贄を決めるために、この競技が使われた。負けたグループに属する少女は生贄として、海に流されたんだ」

 あの年も干ばつが起こってあの競技が使われたんだ。
 片方のグループの女の子には兄がいた。
 どうしても、妹を守りたかった兄は、勝負を売った。
 お金で、負けてくれるように頼んだんだ。

 ゆっくりと目を見開く。
「結局はそのことがバレて、その少女は生贄になった……。その兄も、村を追放され、孤独に命を落とした」
 二人の間には波の音と風が吹き付けていた……。
「どうして、戦わなかったんだろうね、戦う勇気があれば、勝つ力があれば、妹を守れたかもしれないのに」
 何故か、天馬は違和感を覚えた。
「シュウはそういう話を聞いたから強くなろうって思ったの?」
「違う!!」
 天馬の一言に、シュウは激高した。
「君にはわからないよ! 強くなきゃ何もできないってことが! 意味がないってことが! 価値がないってことが!」
「どうして……かな。俺はシュウが無理をしているような気がする」
「えっ?」
「本当はすごく優しいのに……、泣き叫んでいるように聞こえるんだよ。今の話……」
 優しいなんて言われたのはここに来て初めてだった。
 優しい…? 僕が…?
 天馬に背を向けた。
「……やっぱり、天馬、君、君は次の試合、出ない方がいい」
「どうして?」
「どうしてって、君が試合に出ても、結果は変わらない。ゴッドエデンでの教育をみんなが受けるようになる。それよりも、雷門11と離れて行動した方がいいかもしれない」
「どういうこと?」
「どういうことって……言ったでしょ? 弱い奴はここにはいらないって」
 そういうと、シュウは音もなく、姿を消した……。
「シュウ……」
 弱い人間には価値がない。本当にそうだろうか。
 今自分が置かれている状況を見て、それを完全に否定できない自分がもどかしかった……。
作品名:<メモ>BLACK AVATAR 作家名:るる