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【赤黒】その爪先の小さなひび

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 目から入ってくるものを情報として受け取りそれを活用する。彼はそれを技術ではなく産まれ持った性質だと以前なんでもないかのように言っていたけれど、僕は才能だと思っていた。そしてその才能の一端を僕に教えて「使え」と言った。「人を理解する必要は無い。ただ視て、どんな行動をする人間なのかを判断しろ」と。
 僕はそれに頷いてバスケに活用した。でも今はしていない。もう僕はバスケをしていないからだ。
「見ない?」
 案の定、彼は僕の「見なければいい」という言葉に怪訝な反応を返す。僕の視線は相変わらず手元の文庫の文章をなぞっていたが、内容は頭に入ってこなかった。
「部活のときならともかく、日常生活で僕など見てもしょうがないでしょう。それに、」
 それにもう同じ部員ですらない。その言葉はなぜか飲み込んでしまった。
 代わりに読み終わってもいないページをめくる。
 ぱらり。ぱらり。音が二回ほど響いた頃、ふいに「緑間が」と赤司君が口にした。
「緑間が爪の手入れをする理由、知っていたか?」
「バスケとピアノのとき気になるからでしょうか」
「それもあるけれど、日常生活でふとした拍子に爪に引っかかるのが気になるからだと言っていた。だから毎日毎日丁寧に整える」
 そう言って彼の手がすっと伸ばされる。どうやら自分の手の爪先を見ているらしい。
 つられて自分の左手を覗き込むとほんの少し人差し指の爪先が割れていることに気がついた。そこを親指でなぞるとほんの一瞬なにかにひっかかるような動きをする。
「昨晩、爪を雑に切っただろう」
「ええ、不精者なので。言われてみると気になりますね」
「そうだろう」
 爪を切ったときの衝撃でできる小さなひび。見た目にはほとんどわからなくても、気づいてしまうとその違和感に気を取られる。これを煩わしいと感じる人もいるだろうな、と爪の手入れを欠かさない彼を思い出した。
「つまり僕はきみの爪のひびですか」
 顔を上げると彼は僕の問いには応えずに「やっと俺を見た」と目を細めて笑った。
 完璧な彼の目をかすめる小さなひび。それが僕だというのだろうか。
「爪の先の小さなひびなんて、放っておけばすぐに消えますね」
「おまえはそう思うのか」
「…………」
「ーー違うな。おまえのそれは俺への非難だ。ああ、そういえば灰崎のときもおまえは一瞬その感情を俺に向けた。でもな、黒子」
「おまえだって酷い」と赤司君が綺麗に微笑む。
「俺はこんなにも爪の小さなひびを気にするタチだというのに、おまえは言われて初めて気づくんだ。バスケ部を辞めて図書室に入って行くおまえに俺は気づくのに、おまえは目の前に座った俺に声をかけられてやっと気づく。あげく『見なければいい』なんて簡単に言うんだ。酷いだろう?」
 もう彼は席には座っていなかった。ゆっくりと立ち上がり静かに一歩一歩僕に近づいていた。
「人をよく見ろと教えたのは俺だよ、黒子」
「……バスケはもうしません」
 もう彼は僕を見下ろせる位置まで近づいていた。
「いいや、おまえはまた始めるさ。そしてまた人を観察し始める。敵の一挙手一投足に気を配るようになって、そのときおまえは俺を見つめるんだ。俺と同じように」
 ぐいと顎を持ち上げられて、久しぶりに僕は彼の赤い瞳と色が変わってしまったもうひとつを見た。
 この瞳で彼は視ていたはずだった。僕たちがどれだけバスケが好きだったか。一緒にいた時間を愛しいと思っていたか。
 その形が変わっていくのもすべてを視ていて、気づいて、なにもしなかった。彼は僕とは違って理解することができたはずなのに。
「……きみをずっと見ていました。きみが教えてくれたことは、僕が一度は諦めたものをまた掴むことができた」
 でも今僕に視えているものは大切なものがばらばらになっているというだけだ。以前はパズルのようにカチリとはまったそれが今はパズルの台座の上でピースがはまることなく配置されている。そのピースのひとつであったはずの彼は台座から離れ、ただ見下ろしている。今のように。
 その事実がとても哀しかった。僕はもうそれを見たくなかった。
「俺もおまえをみていたよ。これからだって変わらない」
「僕は、もう、みません」
 くじけそうな心を奮い立たせる気持ちで絞り出した自分の声は震えていた。
 けれど赤司君は笑った。
 嘲るのではなく、心から嬉しそうに。それは逃げようと目を閉じる僕を再び捕まえたことへの喜びだと気づいてしまった。
「無理だな。だって、ほら、またおまえは俺を視た」
 そう言って、僕の唇にじぶんのそれを重ねた。