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昼食ランデブー

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◆ 『天然みかど注意報』 シリーズ・番外編 ◆

   ◇ 静帝と愉快な仲間たち ◇ ワゴン組編

 『昼食ランデブー』

 公園でセルティの《にゃんこウォッチング》に付き合っていた帝人の携帯が、先ごろ一緒に暮らし始めたばかりの、同棲相手からの着信を知らせるメロディーを控え目に鳴らした。

「あ、静雄さんからだ。…すみません、セルティさん。ちょっと失礼しますね」

 一言断って電話に出てみれば、次の仕事までに待機時間が結構できてしまったらしく、「折角、正午を挟んで時間が空いたのだから、ランチに誘ってみーくんにしっかり栄養を摂らせて来い」と、トムさんから上司命令を下されたのだと、連絡を取った用向きを苦笑混じりに告げられた。
 たまには外で一緒に食べようと、恋人からランチに誘われた旨を伝えたら、素早く文字入力したPDAをかざしたセルティに、『私に構わず、デートを楽しんで来い』と、諸手を挙げて勧奨されてしまったので、駅前で落ち合う約束をして通話を切った。

『お前は食が細いから、何かと心配なんだろう。いっぱい食べて、静雄を安心させてやれ』

 早く行けと促すように帝人の背中をとんと押してから、セルティは『ガツンと肉を食ってこい!母親命令だ』と、トムが静雄に発した“指令”に便乗した軽口を、茶目っ気たっぷりに付け足した。 

「ふふっ、お母さんの言い付けは、守らなくちゃダメですものね。分かりました。しっかりお肉料理を、食べさせて貰って来ます」

 『食が細い』発言には大いに異を唱えたいところだったが、食欲旺盛な同年代の男子に比べれば少食なのは事実だったので、帝人は聞き分けの良い返事で素直に頷いて、健康を気遣ってくれるセルティの優しさに、心の中でそっとお礼の言葉を言い添えた。

   * * *

 送ってやると言う申し出を丁重に辞退して、公園の出口でセルティと別れた帝人が、心持ち弾んだ足取りで歩いていると、何故か駅に向かっている途中で、待ち合わせ相手の静雄に出迎えられた。

「悪りぃな。待ち切れなくて、迎えに来ちまった」
 そう詫びて、照れ臭そうに静雄は軽く頭を掻いた。
「そんなに、お腹がペコペコだったんですか?」

 まだ11時を少し回ったところなのに、もうお昼が待ち切れなくなってたなんて…っ!
 明日からは、朝ごはんの量をもう少し増やしてあげた方が良いのかも知れない。メニューも、もっと腹持ちする食材を、なるべく多めに取り入れる様にして…。
 そんなことをクルクル考えていたら、勘違いを察した静雄に「待ち切れなかったのは、昼飯じゃなくて、おまえの到着の方だ」と、気恥ずかしげに憮然と訂正を入れられた。
 言われた意味がすぐにピンと来なくて、つぶらな瞳できょとんと恋人を見上げた帝人に、静雄はゆっくりと腰を屈めて顔を近付け、耳元で「早くおまえに逢いたかった」のだと囁いた。
 ストレートな物言いで執心ぶりを重ねて示され、面映ゆさに帝人の頬がみるみる赤みを帯びていく。
 この初々しい反応が癖になるのだと、胸中でこっそり悦に入りながら、静雄は薄紅色に染まった愛し子の片頬に、惹き寄せられるまま小さなキスを忍びやかに一つ落とした。
 不意打ちの愛情アピールに面食らって、すっかり茹で上がってしまった帝人の手を取り、静雄は何事も無かったかの様な素知らぬ振る舞いで、浮き浮きと繋いだ手を引き歩き出す。

 そして、気付いた。数メートル先の道路脇に停められた、一台の見慣れたワゴン車の存在に――。

 運転手だけは車内にいたが、他3名は車から降りて、バッチリしっかり視線をこちらに向けていた。

「よ、よぉ…」
「…お、おう」

 できれば無視して素通りしたかったが、状況的にそれが叶う場面では無かったので、諦めてワゴン車の前で一旦立ち止まり、静雄は微妙に互いの目を逸らし合いながら、必要最低限の言葉で短く門田と挨拶を交わした。

「仲良くお手々を繋いで、二人でお出かけ?ラブラブだねぇ、みかプー!」

 帝人が一緒なら、静雄が絶対にキレない事を既に見極めている狩沢が、いい目の保養ができたと感動に浸りながら、顔の前で両手を合わせて《池袋公認カップル》の二人を拝む。
 別に、悪気があって冷やかしてる訳じゃない事は、微笑ましげに帝人を見詰める狩沢の瞳が語っていたが、面と向かって「眼福ごちそうさまでした」とお辞儀をされると、何だか無性に居た堪れなさを煽られる。

((何故、空気を読んで、見なかった方向に流さない…っ!!))

 澱んだ目で虚空を仰いで現実逃避する静雄と、怖いもの知らずな狩沢の言動に冷や汗を掻かされた門田が、「そこはスルーするのが、大人のマナーってもんだろうがっ!」と、心の中で同時に吠えた。

「ランチに行くなら、先月オープンした道向こうの洋食店が、断然お勧めだよぉ〜」

 デミグラスソースが絶品だから、ハンバーグランチかビ−フシチューを是非食べてみて!と、一押しメニューをにこやかに紹介する狩沢に、「デミグラスソースを掛けたオムライスも、とても人気だって評判ですよね」と帝人が合いの手を入れたら、「確かに、あのお店のはバターライスとの相性も良くて美味しいけど、みかプーは絶対お肉を食べなきゃダメ!」と言い切られてしまい、帝人は小さく苦笑う。
 セルティ“お母さん”に続いて、絵理華“お姉さん”にまで、お肉料理を全面プッシュされてしまった。
 思えば、上京してから知り合った人達には、挨拶の一環として「ちゃんと食べてるか?」と声を掛けられた後、いつも決まって「もっと肉を食って、しっかり栄養を付けろよ」と言われている気がする。

「もしかして、僕って結構《肉食系男子》のイメージを、持たれてたりするんでしょうかねぇ?」

 ちょっと嬉しそうに含羞んだ顔を俯けて、帝人は指をもじもじさせた。
 照れてる仕草の余りの愛くるしさに、一同は一瞬言葉を失い、次いで、コメントに窮する《肉食系》発言にまごついて、更に別の意味で「うっ」と言葉を詰まらせた。

 ――何とも言えない微妙な沈黙が、暫し彼等を包み込む。

(ど、どうしよう…。《肉食系男子》って言うのは、《お肉大好き少年》の事じゃないよって、教えてあげた方がイイんだろうけど…。〜っでもでも!こんな可愛らしい勘違い、正しちゃったら勿体無いよねっ!?)
(そもそも、帝人君の場合、どう見ても《肉食系》とは程遠い、草食系…むしろ小動物的な、手のひらサイズのちんまりした生き物!って、イメージっすからねぇ〜。)

 小声でひそひそ《究極の癒しキャラ》だと密語を交わす、遊馬崎&狩沢コンビの会話がどうやら聞こえてしまったらしく、しょんぼりと肩を落として「ごめんなさい」と帝人は力なく項垂れた。

「…ちょっと言ってみたかっただけなので、気にしないで下さい」

 己がワイルドな印象とは掛け離れている事くらい、ちゃんと自覚はしてるのだと、物悲しい雰囲気を漂わせて、残念そうに漏らす帝人に、おたおたと狼狽した狩沢が、慌てて遊馬崎の袖を引く。
作品名:昼食ランデブー 作家名:KON