昼食ランデブー
「ね、ねぇ、ゆまっち!わんことか、にゃんことかって、肉食動物でいいんだよねっ!?」
煮干とかビーフジャーキー食べてるし!と、上擦った声で確認を取る狩沢は、もはや自分が何を口走っているのか、完全に分からなくなってる様子のパニック振りだ。
「ちょっ…落ち着いて下さい、狩沢さん!確かに、分類学上は、犬も猫も《食肉目》に属してますけど。野生的に見られたい“お年頃”少年の帝人くんには、愛玩動物を引き合いに出した時点で、完全にアウトっす!思いっ切り、傷口に塩を塗りたくってるのも、同然っスからねっ?」
窘めるつもりで振るった遊馬崎の弁舌が、更なる追い討ちで、帝人の落ち込みに拍車をかけた。
((何をやってるんだ、こいつ等は…っ。))
すっかりしょげ返ってしまった愛し子を慰撫するように、静雄がそっと帝人を背後から抱き締める。
おろおろしながら縋る目で取り成しを頼むオタクコンビと、運転席から顔を覗かせて「ほれ、大将!出番だぜ」と、お気楽にフォローを押し付ける渡草の他人任せな態度に、込み上げる諸々の鬱憤をため息と共に飲み込んで、門田は顔を伏せてしまった帝人の頭を、優しい手付きでくしゃりと撫でた。
「りゅ、竜ヶ峰…。ライオンはネコ科、オオカミはイヌ科だぞ」
だから、どうした!と、言葉足らずな気休めを、門田に駄目出ししてやるなかれ。
それら肉食獣がイヌ・ネコ科だと分類群をありのまま述べただけで、門田は別に、ライオンやオオカミに帝人を譬えてやった訳ではない。
けれど、懸命に励まそうとしてくれる門田の温かな心遣いが嬉しかったので、帝人はくすぐったそうな微笑みを柔らかく浮かべて、「いい人ですね、門田さんは」と、敬慕の気持ちを素直に伝えた。
甘やかな声音で紡がれる純真な好意が、どうにもこそばゆくて敵わない。
(こりゃあ、聞きしに勝る、天然タラシだな…。)
この調子で、老若男女を問わず、片っ端から無自覚にホイホイたらし込まれたのでは、さぞかし静雄も気が気ではないだろう。
「帝人君よぉ〜。皆が皆、トムさんや門田みてぇに、分別ある良識人とは、限らねぇんだぞ〜」
変なの引っ掛けちまったら危ねぇから、やたらに人懐っこい態度を見せんのは自重しような〜っと、態とらしく語尾を間延びさせて、静雄はやんわりと言い聞かせる。
どうして自分が注意されてるのかよく分かってない様子で、「え、え〜っと…。なるべく、気を付けます、ね?」と、当惑気味にたどたどしく応えを返す帝人に、どこか諦めにも似た気持ちで静雄は、「まぁ、おまえのそ〜いう天然なトコに惚れちまったんだから、仕方ねぇか。」と、ため息混じりに小さく零した。
自身の魅力をこれっぽっちも認識してない罪作りなお子様に、「あまり愛嬌を振りまくな」と婉曲に窘めたところで、どうせ通じはしないのだ。
「危機感の薄いモテモテ君を恋人に持つと、悩みの種が尽きないっスね〜。平和島さん」
「でもでもぉ〜。みかプーにちょっかい出してシズシズ敵に回したら、明日はない!って、皆ちゃんと心得てるから。そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うよぉ〜」
癒し効果抜群の《ちんまりした生き物》を抱きかかえている今なら、何を言っても怒らないと踏んでか、調子を取り戻した遊馬崎&狩沢コンビが、賑々しく横合いから口を挟んで混ぜ返す。
かつて、腫れ物に触るような扱いをされてた頃の《平和島静雄》だったら、この時点で確実にキレて、茶々を入れた相手を強制的に黙らせていただろうに…。
(あれだけ手が付けられなかった“怒りん坊”を、ここまで寛容にさせるとは……恋の力は偉大だ。)
名うての《自動喧嘩人形》相手に、全く動じる事なく普段どおりに振る舞うオタクコンビと、そんな二人の馴れ馴れしい態度にさえ、さして気分を害した風もなく適当にあしらっている男の姿を、門田は感慨深げな面持ちでつくづくと眺め入った。
「そういえば…最近、体調はどうだ、竜ヶ峰。夏バテで落ちてた食欲は、あれから少しは戻ったのか?」
良い意味で、高校時代の旧友を変えてくれた“小さな恩人”に、感謝と親愛の情を込めて、気遣わしげに門田が問う。
「はい、お陰様で。その節は、ご心配をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
一人きりでとる食事は味気なくて、あまり箸が進まず暑さ負けしてしまったが、夏休みを機に、空調設備の整った恋人の住まいへ移ってからは、作った料理を何でも美味しそうに平らげてくれる同居人の食欲に釣られて、以前より沢山食べるようになったのだと、気恥ずかしげに帝人は語った。
「ふふっ、静雄さんったら、湯上りに毎晩、僕の体重をチェックして、なかなか増えねぇな〜って、残念そうに呟くんですよ」
グリム童話の“ヘンゼル”君になった気分です!と、ちょっと困ったように微苦笑してみせる帝人に、余りその手のジャンルに明るくない門田が、どんな話だったかと、戸惑った視線を狩沢に向ける。
「かなりポピュラーな童話だよぉ。『ヘンゼルとグレーテル』って聞いた事ない?おかしの家が出てくるお話なんだけど…」
「おかしの家…って、ああ、アレか。その話なら、ガキの頃に、絵本を見た覚えがあるな」
確か、口減らしの為に親に置き去りにされた貧しい兄妹が、魔法でおびき寄せられた森の奥で見つけた、菓子でこしらえた家に住んでた婆さんに、危うく食われそうになった話…だったか。
肉付きを良くしてから食おうと、妹にせっせとご馳走を作らせて、痩せっぽちの兄貴を太らせようとしたが、どんなに食わせても一向に太らない事に、婆さんがとうとう痺れを切らしたんだよな。
「で、この際、痩せたままでもイイかと、子供たちを取って食おうとした所を、妹が勇ましく返り討ちにして、婆さんが隠し持ってたお宝を失敬して、助けた兄貴を連れてうちに帰った…と。」
そんな話だったよな!と、少し得意げに「昔の記憶にしては、結構覚えてるだろう」と胸を張る門田に、非難がましい冷ややかな眼差しが仲間内から一斉に注がれる。
「話の大筋としては、合ってるけどぉ〜。ドタチンはちっともメルヘンの趣を分かってないっ!」
「なんで門田さんが語ると、童話の世界が一転して、新聞の三面記事みたいになっちゃうんっスかねぇ」
「おいっ、こら、門田!おまえはグレーテルに、何か恨みでもあるのか!?」
お兄ちゃんの為に一生懸命がんばった妹を、悪く言う奴ぁ〜この俺が許さん!と、運転席から身を乗り出して熱弁を振るう渡草だけ、何やら違う方向に主張がズレていたが、皆でさくっと無視をした。
「堅物ドタチンに語らせたら、メルヘンが夢の無い供述調書になっちゃうって事は、よぉ〜く分かったわ」
ふうっと、大袈裟に嘆息してみせる狩沢に、《情緒に欠ける男》のレッテルを貼られた門田が、仏頂面で「ストーリーとして間違ってないなら、別に構わないだろうが…」と、ぼそぼそ不満を漏らす。
そんな門田のぼやきを「はいはい」とおざなりに受け流して、狩沢は芸能リポーターよろしくエアマイクを片手に、「ねぇねぇ!そんな事より、その続きは?」と、帝人への直撃インタビューを炸裂させた。